無邪気なふりをして腕を組んであげると、松田さんは戸惑ったような顔になった。
「大丈夫だよ。あたし、おじさんみたいなやさしい人がタイプだから。きょうはいっぱい楽しもうよ」
そう言って笑顔を見せると、松田さんは緊張した様子でちいさくうなづいた。ひとけのない場所で待ち合わせたけど、誰かに見られないか心配してるみたい。
松田さんは四十代後半で、大きな病院の院長さんだ。といっても婿養子に入った先の病院を継いだだけで、奥さんの尻に敷かれてるらしい。セックスはうまくなさそうだけど、やさしそうな人。
三十万円もらってるから、いっぱいサービスしてあげなきゃね。
誰かの力になれるのはすごくうれしい。
疲れきって自信をなくしてしまった男の人たちが、あたしとのセックスで元気を取り戻せるのなら、あたしが生まれてきたことにだって意味があると思う。
男の人からしたら、平日の午後に学校帰りの女子高生とセックスできるなんて人生勝ち組じゃん。普段どんなにつらいことがあったとしてもね。あたしは体を売ってるんじゃない。夢を売ってるんだよ。
ところが、歩き始めてすぐ、その夢を打ち砕く存在が目の前に立ちはだかった。
「あなた! これはどういうことですか!」
中年の婦人が、子供を叱りつけるような声で松田さんに食ってかかった。
「お、お前……、どうしてここに……」
松田夫人はさして美人というわけではなかった。けれど、身なりの良い服装で、背筋もピンとしていて、体型も崩れていない。いかにも育ちの良さそうな、それでいて自分の方が立場が上だという態度だった。
松田さんはすっかり狼狽してしまっていた。結婚して二十年近く、浮気も風俗遊びもしたことがないと言っていた。女性が苦手な感じだったから、たぶん結婚するまで童貞だったんだろう。
それがどうして急に女子高生を買ってみようと思ったのかはわからない。まあ、夫婦のあいだのことなんて、他人にはわかりゃしないものだ。
こうなったら長居は無用だ。
あたしはさっき受け取ったばかりの封筒を、松田さんにそっと返した。
「じゃあ、あたしはこれで失礼します」
「お待ちなさい! 沙希さんとやら。あなたにもお話があります」
「だけど、あたしは関係ないですし……」
構わず立ち去ろうとすると、松田夫人が近くにいたスーツ姿の若い男性に合図した。男性はあたしの行く手をさえぎった。レスリングでもやっていたような体格だ。いざとなったら力ずくで向かってきそうだった。
夫人があたしをにらみつけた。
「高校生ね? お小遣いが欲しくて売春してるの? どこの学校? お家の方に言いつけなければなりませんね。それとも警察に補導してもらいましょうか?」
制服から学校をたどられる心配はない。けど、警察に来られたら困る。警察に調べられたら、あたしの身元なんてすぐに突き止められちゃう。
名前を知られているということは、あたしと松田さんとの援交メールのやりとりを見られているということだ。ヘタな言い逃れは通用しないだろう。夫のケータイをチェックするなんて、見かけによらずエグい女性だ。
「沙希ちゃんは帰してやってくれ。その子とは喫茶店に行っただけで、お前が疑っているようなことは何もないんだ。悪いのはぜんぶわたしなんだ」
「あなたは黙っていなさい! まったく情けない人ですね、女子高生なんかに鼻の下を伸ばして。何が不満なんですか。わたしと結婚したおかげで病院の院長にもなれたのに、こんな形で裏切るなんて、なんて人なんでしょう!」
夫人はふたたびあたしをにらみつけて、
「先生と保護者の方に連絡しますよ。正直に連絡先を言えば、警察には通報しないでおいてあげます。まだ分別のつかない子供のようだし、警察沙汰にしてあなたの将来を台無しにするのはかわいそうですからね」
ほんの出来心だったんですと言って泣いて謝ったらこのまま見逃してもらえるかもしれない。でも松田夫人の、高慢なくせにそれが生来の当然の権利だと言わんばかりの態度には腹が立っていた。
あたしは顔をあげてかすかに笑顔を浮かべると、夫人と同じように背筋を伸ばし、相手を見据えた。
「警察沙汰にしたくないのはお互い様だと思いますよ。このまま何もなかったことにしませんか? あたしは口が堅い方ですけど、学校に連絡されたりしたら、自暴自棄になっちゃうかも。あと、ご主人のことはもうちょっと敬意を払ってあげるべきだと思います」
松田夫人は眉根をよせた。そのまま値踏みするようにあたしの全身をじろじろ見た。それから唇の端をあげてニヤリとすると、若い男性の方に向き直って、
「田中さん、このお嬢さんを屋敷にお連れして」
ちょっと待て。なんでそうなる!?
[援交ダイアリー]
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