駅の近くまで来ると、ホナミさんはスマホをいじりながらときどき立ち止まってはあたりを見回した。
ホナミさんの行動はまったく予想外のことだったんだけど、あたしには彼女が何をしようとしているのか、わかってしまった。
このままじゃよくない。
「快斗くん、ちょっと止まって。どうやらホナミさんは今夜、何か用事があるみたい。きょうは声かけ作戦はやめておこう」
「なんだよ、せっかくやる気を出してるのに」
「向こうが急いでるときに声をかけても迷惑に思われるだけ。マイナスの印象を与えちゃうよ。だから次の機会を狙うとしよう」
「前にチャンスは一度だけだって言ってたような気がするけどな。まあ、いいや。確かに用事があるみたいだしな。じゃあ、帰ろうか。送っていくよ」
「あたしは買い物をしてくから、ここで失礼するよ」
「だったら付き合うよ。もう遅いし」
「女の子には男子に見られたくない買い物もあるの」
快斗くんは肩をすくめた。生理用品のことが頭に浮かんだのなら大進歩だ。
あたしはその場で快斗くんが去っていくのを見送ると、急いでホナミさんの後を追いかけようとした。ところが、ホナミさんの姿が見えない。駆け足で人通りを縫うようにしてホナミさんを探した。
そのとき、ひとりの通行人を避けようとして、相手も同じ方向に避けたので、ぶつかってしまった。革のジャケットを着た細身の男性だ。ぶつかった感触からすると筋肉質で体を鍛えている感じだった。
「ごめんなさい」
「ああ、失礼――って、なんだあ? 沙希じゃないか。久しぶりだな!」
あたしは顔をあげて相手を見た。
「ショウマ……?」
以前と変わらない短く刈った髪に、ウォッカを飲み干したような不敵な笑み。笑っているのに鋭利なナイフを思わせる雰囲気をただよわせてる。
夏の記憶にアソコが濡れるのを感じた。
「すこしはフェラチオがうまくなったか?」
「半年ぶりに会った挨拶がそれ?」
嫌な気持ちじゃない。こいつはこういう男だ。
何か話すべきかと迷っていると、ショウマがあたしの背後に向かって手を上げた。
「おう、リサ。こっちだ」
振り返ると、ホナミさんがいた。
リサと呼ばれたホナミさんはショウマのもとに駆け寄った。ホナミさんは不安そうな目であたしを見た。塾の前で何度もあたしを見かけているせいだ。
「じゃあな、沙希。今夜は先約があるんだ。こんどゆっくりヤラせろ」
ショウマはそう言い残してあたしに背を向けると、ホナミさんの肩に腕をまわして抱き寄せた。ふたりはすこし離れた場所に駐車してあった黒のコルベットに乗り込み、そのままどこかへ走り去った。
あたしはため息をついた。
やっぱりホナミさんは援助交際をしてるんだ。
ショウマが相手じゃ、きっとホナミさんもかなり開発されてるんだろうな。
リサというのは援交のときに使う偽名なんだろう。でも、あの程度の変装じゃ、すぐに学校バレしちゃう。もっと慎重になった方がいいのに。
まったく、こんな場面は快斗くんには見せられない――。
「いまの、ホナミさん……だよな」
「か、快斗くん! 帰ったんじゃなかったの?」
快斗くんがあたしのすぐ隣に立っていた。
「前に言ったよな。俺が好きになるくらいだから、ほかにもホナミさんを好きになる男がいるに決まってる。ボヤッとしてたら先を越される、って。なるほど、確かにそのとおりだったな。彼氏なんているわけないと勝手に思い込んでいた俺は甘かった。あんたの言うとおりだ。しかも、あんなチャラチャラした男が恋人だったとは。まじめで清純そうに見えても、人は見かけによらない」
ショックを隠すためか、快斗くんは自嘲気味に笑った。いつから見ていたのかわからないけど、とりあえずホナミさんが援助交際してることには気付いてないらしい。そこが救いだった。この先もホナミさんがボロを出さなきゃいいけど。
「まだ恋人と決まったわけじゃない。そうだとしても、快斗くんに振り向かせるチャンスだってまだあるじゃん。恋なんて奪いとるものだよ」
「いや、もういいよ。なんだか、どうでもよくなった」
「でも……」
「本当にもういいんだ」
そう言ってあたしを見つめた快斗くんの目は、冬の星空のように透きとおっていた。
[援交ダイアリー]
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