男の娘になりたい(01)

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 きょうから三学期が始まるという日の朝。

 登校した菜月は下駄箱の中にハート型に折られた紙を見つけた。星柄の便箋を折ったもので、『菜月さんへ』と書かれている。ラブレターだ。

(この可愛らしい便箋と書き文字は、ぜったい女子だよね。あたしも女子なんだけどな)

 うんざりした顔で嘆息する菜月。女子生徒からラブレターをもらうのはこれが初めてではない。

 もえぎ野女子高等学校。菜月が通うこの高校は、昨年度から男女共学になった。いまの二年生には三十人、一年生には五十人ほどの男子生徒がいる。全校生徒の二割ほどだ。学校名に『女子』と入っているせいで、男子の入学希望者が期待したほど増えていない。いま学校の経営層では校名を変更しようとする改革派と、伝統ある校名を守るべきと主張する守旧派が対立している。

 そんな大人の派閥争いには興味はない菜月だったけれど、女子生徒の中にも校名変更派と伝統維持派がいた。というのも、あえて女子校に入学しようとする男子生徒はいずれも美形揃いだったからだ。校名を変更なんてしたら、入学する男子のレベルが下がるじゃないか、というのが伝統維持派の主張である。

 そんな話もまた菜月にとってはどうでもいいことだった。

 菜月はハート型の手紙を手に取った。

(告白されてもお断りするに決まってるけど、想いを伝えようとする勇気は大切にしてあげなくちゃいけないよね)

 便箋を広げてみるとやはりラブレターで、差出人は知らない女子生徒だ。連絡先のアドレスとともに、直接会って気持ちを伝えたいと書かれていた。

 どうしたものかと考えていると、

「菜月ちゃんッ、あ、あの……」

 と、すぐそばで女子生徒に声をかけられた。

 近くに人がいるとは気づいていなくて、いきなりだったので、菜月は臆病な猫のようにとびあがった。便箋を落としそうになって、あわてて空中でキャッチした。

「わたしの手紙、読んでくれましたか!?」

「手紙……? あ、この手紙? あなたがくれたの……?」

 女子生徒はパンを喉に詰まらせたような顔で、必死にコクコクとうなづいた。

 菜月は相手の上履きの色を見て「三年の先輩か」と思った。体育祭や委員会とかで接点があったのなら見覚えがありそうなものだけど、まったく思い当たることがない。

「わ、わたしッ、菜月ちゃんのことが好きでッ、前からッ」

 どうして告白するほどの興味を持たれたのか気にはなるけど、聞いたところで詮ないことだ。

「あー、ごめんね。気持ちはうれしいんだけどさァ、あたし、付き合うならやっぱり男子とがいいから。女同士はちょっと……」

 そう言ってから、一年生の身でいまの言い方はキツかったかな、と不安を覚えた。

 三年生の女子生徒は胸の前で両手を振りながらごまかし笑いをして、

「だよね! うん、いいんだ。気にしないで。やっぱ、迷惑だったよねッ、分かってたんだけど、ゴメンネ」

「いや、別に迷惑というわけじゃ……」

「いいのッ、わたしが一方的に菜月ちゃんのことを好きなだけだからッ。ホント、気にしないで。それで、あの……、もしよかったら――」

 友だちになるくらいなら別に構わない、と菜月は思ったのだけど、

「最後の思い出に菜月ちゃんのこと、ハグさせてッ」

「は?」

 あっと思う間もなく、先輩女子生徒が菜月を抱きしめた。

「ハグゥッ」

「菜月ちゃん、遠くから見てることしかできなかったけど、ずっと好きでした。わたしの前に現れてくれてありがとう。わたしの天使」

 息ができないほど強く抱きしめられて、もはや鯖折り状態である。それに加えて何やら危ない感じのセリフ。菜月は全身に鳥肌が立つ思いだった。

 女子生徒は満足した様子で菜月を放すと、無邪気に微笑んだ。

「もう卒業だけど、最後にいい思い出ができた。菜月ちゃんのこと、忘れないから」

 そう言い残して、走り去っていった。

(いきなり現れた見知らぬ女子に、いきなり告白されて、いきなり抱きつかれ、何がなんだか分からないうちに思い出にされた……)

 菜月は呆然としながら、あの先輩が自分のことを一刻も早く忘れてほしいと願った。

 そのとき背後で大笑いする声があった。

 いまのやりとりを見られていたのだと察した菜月がハッとなって振り向くと、男子生徒の大河がニヤニヤしながら近づいてきた。

「菜月、お前、ホント女子にはモテるよな。『菜月ちゅわん、いつまでも忘れないわぁん、わたしの天使ィ』。もう、レズでいいだろ――」

 菜月は大河のスネを思い切り蹴りつけた。

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