第12話 エンジェルフォール (06)
水曜四限目の体育の授業は体育館でバドミントンだった。ほぼ自習で、みんな好きな子とペアを組んで適当にやっていた。あたしは見学だ。仮病だけど。最近は体育の授業を見学する女子が増えている。下田先生の突然の退職は、全校の女子生徒に少なからぬ影響を与えていた。学校側もメンタルケアに気を使っている。
だからサボっていてもあまりとやかくは言われない。
あたしは体育館を出て、西棟の校舎に向かった。この棟の一階は職員室で、上の方には特別教室や図書室がある。理科系の授業がなければ、この時間帯はほとんど人がいない。北階段を上がって最上階の四階まで行くと図書室だ。
階段はそこからさらに上へと続いていた。西棟は屋上に出ることができない造りになっている。だから階段は踊り場で折り返したところで行き止まりになっているのだ。いずれ五階と六階を建て増しする予定なので階段だけは用意しておきました、とでも言うように。もしかすると壁にある点検用ハッチから外に出られるのかもしれないけど、存在する意味のない階段にどんな意味があるのか分からない。
ただし、あたしにとっては大きな意味のある場所だった。
踊り場まで上がって上を見ると、藤堂先生が階段に座って本を読んでいた。
「あー、サボってる人、はっけーん」
声をかけると先生は顔を上げ、あたしを見て眉をひそめた。
「俺の方こそサボり生徒を発見したぞ。この時間は体育の授業中だろ?」
あたしは先生のいるところまで階段をとことこ上がって、となりに腰を下ろした。肩をくっつけてもたれかかる。
「藤堂先生が来てるかも、って思ったんだ。ホントにいた。あたしたち気が合いますよね。心が通じ合ってる気がする」
甘えた声で言うと、先生があたしの肩を抱いてくれた。
この階段は図書室の前にある。それで階段の上にあるちょっとしたスペースと踊り場部分を、図書委員会が資材置き場として勝手に使っている。踊り場より上は四階の廊下からは死角になるし、図書委員以外に上まで来る人はいない。来るとしても木曜午後の委員会のときだけだ。
校内にあって人がこない場所。
あたしと先生が逢引するのにもってこいの場所なのだ。
しかも、休み時間にここで先生とイチャイチャしていると、図書室を利用する多くの生徒たちがすぐ下の廊下を通る。それがまたスリリング。もし誰かに見られちゃっても、図書委員の仕事中です、といえばごまかせるんだし。
「下田先生の替わりの先生ってすぐ見つかりそうですか? 退職の理由は一身上の都合ということになってるけど、女子の間じゃ、あの人がキモい変質者だったことにショックを受けてる子も多くて。あたしたちの学年は下田先生の受け持ちじゃなかったけど、きょうの体育の授業も七人も見学になってて。下田先生が授業してた三年生はもっと酷いんじゃないかな。あたしもちょっと責任を感じてるんですよ」
「美星のせいじゃない。気にしてもしょうがないことを気に病むな。俺も気にしちゃいない。替わりの先生はすぐ来るはずだ。こんどは女性教師になるらしい」
「女の体育教師ってゴリラみたいな人じゃない? 生徒からしたら、鬼教官気取りのゴリラ女なんて願い下げだよ。若くてさわやかなイケメンの方が女子のメンタルケアに役立つと思うんだけどな」
「そういう体育教師のネガティブイメージを払拭するような若くて美人の教師だという話だ」
「ふうん。ねえ、先生。あたしの体操服姿に興味ある? ブルマの体操服を着た女の子を縛ってみたくない? こんどやってあげようか。先生が高校生の頃は、女子の体操服がブルマだったんでしょ?」
先生は苦笑しながらあたしの頭をワシワシした。
「俺が高校生のときにはもうブルマはなくなっていたぞ。だが、美星のブルマ姿にはそそられそうだ。ブルマなんて持ってるのか? いや、持ってるんだろうな」
もちろん持っている。体操服だって、いまのハーフパンツよりブルマの方がいいと思うんだけど。動きやすいし、脚線美を男子に見せつけられるじゃん。
会話が途切れて、先生がじっと見つめてきた。
恥ずかしくてほっぺたが熱くなった。
こんなふうに先生があたしを見つめるときは、別にあたしに恋い焦がれてるとか、ムラムラするから犯したくなったとか、そういうことではない。あたしはまだ先生の心をそこまで虜にできてはいない。先生は担任教師として、性的逸脱行為を繰り返してる教え子の行く末を案じてるんだ。大切に思ってくれてることが分かるから、あたしはますます胸が苦しくなる。
「ねえ、先生。せっかく邪魔が入らない時間ができたんだ」
あたしは立ち上がって階段を上までのぼった。制服の上着を脱いで、ダンボール箱の上に置いた。その箱の陰から折りたたみ式のゴロ寝マットを取り出した。資材の山を退けてマットを敷く。マットの上に横座りになって先生に手を差し伸べた。
「学校でしようよ!」
[援交ダイアリー]
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