第5話 ときめきバージンラブ (07)
栄寿さんと抱き合った。キスした。体と体がこすれあった。
あったかい。
気温はそこそこ高かったけど、まだ初春だ。全裸で外にいたら、体も冷えてしまう。
お父さんに抱きしめられていると、ぬくもりが伝わってきて、すごく幸せ。
幸せすぎて胸の奥が震えた。
「お……うさん……」
お父さんにしがみつくようにして、ぎゅっと抱きしめた。鼻をすすった。ほっぺとほっぺをくっつけた。
「……大好き」
お父さんに初めて会ったのは、わたしが小学三年生のとき。夏目おじさんの結婚式でのことだった。
夏目家の人たちがママとわたしのことをあまりよく思っていないのは、子供心にも感じていた。ママは、夏目おじさんとのあいだに子供を産んだのに結婚しなかった女、でなければ、子供を産んだのに夏目おじさんに捨てられた女、と夏目家には思われていたはずだ。みんな、なんでこの女が結婚式に呼ばれてるんだ、と思っただろう。実際、ママはふしだらな女と思われていたのだ、というのはあとで知った。
ママの生き方は夏目家の人たちには受け入れられないものだったんだろうな。
その頃、ママはもうパパと結婚していて悠里も生まれていた。パパと夏目おじさんは高校のときの親友同士だ。結婚式に招待するのは当然だと夏目おじさんは言ったらしい。でも、夏目おじさんのお母さん――わたしのお祖母さんは大反対だったそうだ。
夏目家は資産家だ。ママ自身がお金持ちで、ママの実家が夏目家をはるかに凌駕する歴史と財産を持っているのでなかったら、お祖母さんはわたしたちを結婚式に招待するのを許さなかっただろう。
結婚式ではなんとなく引け目を感じていたわたしに、夏目家の親戚の中で栄寿さんだけが優しくしてくれた。
「莉子ちゃんのお母さんはとても美人だね。それに強くてかっこよくて尊敬できる人だ。ぼくは好きだな。ぼくも結婚するときは莉子ちゃんのお母さんみたいな人がいいよ。お父さんの柊さんも優しそうだね。すごく素敵な家族だと思うな」
大学生だった栄寿さんがそう言ってくれたのが、とてもうれしかった。
同じ市内に住んでいることは知っていたけど、同じ区内だということがわかったのは、結婚式からしばらくしてからのことだ。
栄寿さんはわたしを子供扱いしなかったし、気も合ったので、それからちょくちょく一緒に遊んでもらうようになった。家庭教師っぽく勉強を見てもらったこともある。
そのうちに栄寿さんがとても女性にモテることがわかってきた。ガールフレンドよりわたしのほうを優先してくれることが快感だった。恋愛感情はなかったけど、特別扱いされるのは誰だって気持ちいいじゃない。
栄寿さんが大学の先生になってからは、お仕事が忙しいのか、だんだんと会う回数も減っていった。いま考えると、若いのにコネで先生になったと言われないよう、がんばってたんだと思う。わたしも小学校の高学年になると、親戚の叔父さんより友だちと遊ぶほうを優先した。中学に上がるころには、栄寿さんは市外に引っ越してしまい、滅多に会わなくなったんだ。
その栄寿さんがわたしのお父さんだった。
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