いけない進路相談 (25)
「操……」
矢萩がそうつぶやいて車を停めた。
ボンネットの向こうに、操がうつむいて立っていた。真琴はドアを開けて外に出た。少し遅れて矢萩も車を降りる。
操は憎悪に満ちた視線を真琴に向けた。操はぎゅっと閉じた唇をふるふると震わせながら、目に涙を浮かべて真琴をにらんでいる。その形相に気おされて、真琴は身動きできなかった。
ラブホテルから矢萩と出てくるところを見られた。どうして操がこんなところにいるのだろうか、と真琴は思った。少し離れたところに一台のタクシーが停車しているのに気づいた。後部のドアが開けっぱなしになっている。
真琴は息を呑んだ。
では、操は学校から矢萩の車を追いかけてきたのだ。ということは、真琴たちがラブホテルに入っていくところから全部見ていたのだ。そのままタクシーの中で、二人が出てくるのをじっと待っていたのだ。
恋人が親友とラブホテルの中にいるあいだ、ホテルの前でずっと待っていた操の気持ちを思うと、真琴は恐ろしさで脚が震えた。
「操、誤解しないで……」
と言いかけたが、操は足早に真琴に近づくと、いきなり真琴に平手打ちをくわせた。
「よくも……、よくも先生を盗ったわね。あたしは先生と付き合ってるんだって打ち明けたのに。それを知っていて、それでもあたしから先生を盗ったわね。許さない。ぜったいに真琴のことを許さない。なにが先生のことはまかせてよ。あんたなんて男と見れば誰にでも見境なく股を開く、汚らしいヤリマンのビッチのくせに! 本当は、あたしのことがうらやましかったんでしょ。あたしと先生がラブラブだから、うらやましくなって自分も欲しくなったんでしょ。ふん、いくらうらやましがったって無駄だわ。誰とでも寝るあんたには、本当の恋なんて一生できないわよ!」
「うるさい!」
今度は真琴が操の頬を打った。勝手に手が動いてしまった。ビンタした手の痛みで、はっとした。
(何をやってるんだ、あたしは)
と思って自分の手を押さえたがもう遅い。
操は真琴の反撃に少しもたじろぐことなく、もう一度、真琴に平手打ちを見舞った。
「そんなに男が欲しいならソープ嬢にでもなったらいいわ。あんたほどの美人だったら、きっとお店のナンバーワンになれるでしょうよ」
「おい、操、いいかげんにしろ」
と、矢萩が二人のあいだに割って入り、真琴に殴りかかろうとする操を押さえた。それが意外だとでも言うように、操は顔を歪めた。
「なんでよ、先生。どうしてそいつを庇うの? 先生の恋人はあたしなのに。こんなのやだよ、先生。あたしのものでいてよ」
操の口調はしだいに弱々しくなっていき、最後のほうは消え入りそうだった。そして、操は大声で泣き出した。
真琴は操がこんなふうに泣くのを見たことがなかった。というより、誰かがこんなふうに感情を爆発させて号泣するのを見たことがなかった。
悪いのは全部自分だ。誤解だったとはいえ、自分は操のためを思って行動したつもりだった。それなのに、これほどまでに操を傷つけてしまったのか。
自分が招いた結果にショックを感じながらも、同時に真琴は操に対して怒りを覚えた。操の罵倒の中の何かが、真琴の心を抉ったのだ。
「もともと操が悪いんじゃないの。だいたい、学校の図書室でセックスするなんてどういうつもり? おかしいんじゃない?」
そんなことを言いたいわけではないはずなのに、勝手に言葉が口をついて出てくる。
「誰かに見られるとか思わなかったわけ? 先生も先生だわ。二人とも異常よ。このことは学校に報告します。生徒会役員として、黙っているわけにはいきません。相当の処分は覚悟してください」
真琴はそう言い放つと、二人の反応を確かめようともせず、操を乗せてきたタクシーに走りよって、そのまま乗り込んだ。
「出してください。あの子の分の料金も払います」
運転手にそう告げた。
どうするか少し考えている様子だった運転手は、小さく返事をすると、ドアを閉め、タクシーを発車させた。
(操の言うとおりだ。あたしは操がうらやましかった。最低だ、あたし)
真琴は両手で顔を覆った。ほっぺたが涙で濡れていた。
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