結婚したい (02)
小春ちゃんがマジ顔になって身を乗り出すのを、わたしはあわててなだめるように両手を振った。
「そ、それについてはもう大丈夫だからッ。ちょっとヘビーな話だから言わなかっただけ。だから気にしないで」
安心させるように笑顔を見せると――これは作り笑顔だと思われなかったはず――、小春ちゃんは座り直して黙ったままホットケーキを食べ始めた。
「別に自暴自棄になってAVに出たわけじゃないよ。わたしってば、ものごころついた頃にはオナニーしちゃってるような子だったし、初体験は無理矢理だったけど、前からちょっといいなぁって思ってた顔見知りのおじさんだったから、嫌じゃなかった。別の人にもレイプされたけど、もう援交もしてたし、自分から男を誘ったりしてたし。その頃はお母さんがフーゾクやってたから、自然とそういうことが起こりやすい環境だったんだろうね。六年生のときだけで八人。で、その頃からAVにも出てみたいなって、なんとなく思ってた。だから、あんまり大仰に考えないでね」
「だけど、ひなちゃんが、その……」
「通院してたとき、性行為依存症の診断を受けたことあるけど、わたしはそうじゃないんだってさ。わたしはセックス大好きな、ただの色ボケ淫乱女」
「そーゆー言い方、よくない」
まだ怒ってる小春ちゃんにわたしは微笑んだ。
わたしなんかのために真剣に怒ってくれるなんて優しい子だよ。
「じゃあ、わたしはセックスの冒険者。最高の気持ちよさを求めて性のダンジョンを探検しているんだよ」
小春ちゃんは小さくため息をつくと、お皿をテーブルの真ん中に寄せて、わたしにも食べるようにうながした。おなかがすいてきていたので、遠慮なくナイフとフォークをとった。
「うーん、でもやっぱAVバレが原因なのかなぁ。アダルトビデオとかぜんぜん見ない男の人なんてザラにいるし、彼にバレたとも思えないんだけどなぁ」
「以前つきあってた人、両親に挨拶に行ったら相手の父親がひなちゃんのファンで速攻バレて即破談になったことあったでしょ?」
「あ、あのときはまだ引退して間がなかったし……」
「あと、職場恋愛が破局したときの話も聞かされたことあるよ。同じ部署の女子社員たちに喫茶店に呼び出されて、なんだろうと思ってノコノコでかけて行ったら、ひなちゃんのサンプル動画見せられて吊るし上げられた、ってやつ」
「うう、あの時もひどかった。彼氏の同僚や先輩も含めて職場の男性陣がみんな噂してわたしで抜いてたんだ。プロポーズしてくれる寸前のところまでいってたのに、パートもやめなきゃならなくなったし。経験ない清純派のフリして裏ではエロビデオ見ているようなヤリマンクソビッチどものせいでぇ~」
「自己紹介?」
「わたしはモテる子がいるからってひがんでその子の恋愛を邪魔したりしないもん。人の彼氏を奪うことはあってもね」
「胸張って言うことじゃないよ。こうなったらもう元AV女優だってことを打ち明けて、それでも受け入れてくれる人を探したほうがいいんじゃない?」
そう言われて、テーブルに突っ伏してうめいた。
「昔はさぁ、彼氏に打ち明けてたんだよね。嫌われるかもしれないって思ってすごく怖かったけど、ウソつくのはイヤだったし。たいていの人はそれで離れていった。中にはがんばって受け入れようとしてくれた人もいたんだよ。でも、なんでAV出たのか理由を訊かれて、さっきみたいに子供の頃に何人もの男に繰り返しレイプされてビデオも撮られたって話を打ち明けると、みんな耐えられないみたいでさ。まあ、しょうがないんだけど」
わたしは体を起こすと頬杖をついて喫茶店の何もない壁をぼんやりと見つめた。小春ちゃんは何も言わない。
「そうゆうこと何度も繰り返してるうちに思ったんだよね。わたしもつらかったんだけど、彼氏になってくれた人たちがみんなすごく苦しんでたから。みんなボロボロになるまですごく悩んで、それでわたしと別れることを決めたから。だったら何も言わないほうがいいのかな、って。ウソつきたくないとか受け入れてほしいとか、そーゆーのはぜんぶわたしのワガママで、そんなこと打ち明けられたほうがきっと困っちゃうんだろうね。男の人からしたら、恋人のそんな過去は知りたくないだろうし」
そう言って、大きくため息をついた。
「だから秘密にしてるのに、まわりの人たちが暴き立てるんだよ」
思い出しても腹が立つ。わたしはまた小春ちゃんに向き直ると、両手のこぶしをテーブルに押し付けた。
「中でもムカつくのは興信所を使ってわたしのことを調べる親。結婚は当人同士の問題じゃん。だいたい興信所に頼むなんてヒキョーだよ。お母さんがフーゾク嬢だったことまで暴き立てるし。わたし、見た目はフツーにしてて特別ハデなわけじゃないし、清純派のイメージでやってるのに、『母子家庭育ちで高卒だから念のためにあなたのことを調べさせてもらいました』だって? たしかにアダルトビデオに出てたけど、ウブな制服女子校生役が売りの清純派AV女優だったのにぃ」
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