しばらく見ているうちに、小川さんと目が合ってしまった。小川さんは他人に見られてることに気付いて目を丸くした。男の手を振り払うように逃れると、何でもないふうを装った視線をあたしに向けた。
そこで小川さんもあたしが誰だかわかったらしい。あっ、という表情を見せたかた思うと、青い顔をしてうつむいてしまった。
ドアのかぎを開けた一条さんが振り返った。
いっしょにいる男は一条さんに軽く会釈した。そして、いやがる小川さんの肩を抱き寄せ、エレベーターの方へと歩いていった。
「あのふたりはときどき見かける。女の子の方が『お父さん』と言っていたから、親子なんだろう。向こうからは俺たちはどういう関係に見えただろうか。まさか親子ということはないだろうが。やはりお兄ちゃんと妹だろうな」
と、一条さんがおもしろがるように言った。どうやらふたりがキスしてるところは見てなかったようだ。
してみると小川さんは援交してるわけじゃないのか……。親子プレイというのはあたしもやったことがあるけど、一条さんが何度も見かけているなら本物の親子なのかもしれない。こないだ知り合った梨沙のこともあるから、もしかして小川さんも、と期待してしまった。そうそう援交してる子がいるわけないか。
そう思った瞬間、もっと悪い可能性が頭に浮かんだ。
さっきの人が小川さんの父親だとしたら……。
娘をレイプする父親はいるんだ。しかも、さして珍しいことでもないんだ。
お父さんにホテルに連れて行かれたとき、あたしもあんな顔をしてたのかな。
なんだか胸が苦しい。
一条さんの3LDKの部屋は広々として、上質の家具が据えられていた。けれど、生活感がまったく感じられない。カタログ雑誌の撮影に使われるセットなんじゃないかと思えたほどだ。
あたしはセーラーコートを脱いで、リビングでうつむいたまま立っていた。初体験の不安におののく女子中学生のふりをした。
そうしながら、この援助交際でどうしたら一条さんの心にあたしを刻み込むことができるのかを、必死に考えた。
「寝室に行こうか」
そう言いながら、一条さんがそっとあたしの肩を抱いた。
「お金……、払ってください。ひゃ、百万円の約束です……」
あたしが絞りだすような声で言うと、一条さんは奥の部屋から帯封のついた一万円札の束を持ってきた。差し出された札束を受け取ろうと手を伸ばしたら、一条さんが手を引っ込めた。あたしには渡さず、お金をテーブルの上に投げた。
「先に大人の時間といこう」
背中を押されてしかたなく寝室に入った。ベッドがひとつ置かれていた。
いきなり抱きしめられた。それとなく逃げようとする。一条さんが腕に力をこめた。顔が一条さんの胸に押し付けられた。一条さんの心臓が激しく打ってるのを感じた。
完全に一条さんはその気になってる。もう戻れない。いまから逃げようとしても力ずくで犯されるだろう。つまり、あたしが一条さんをつかまえたということ。
ベッドに並んで腰掛けさせられた。
あたしはわざとうつろな目をして、うつむいたまま手を震わせた。
「そんなに緊張しなくていいんだよ。まあ、初めてだからムリもないけどね。心配しなくていい。俺を信じろ。ぜんぶ俺にまかせておけ」
肩を抱き寄せられ、唇にそっとキスされた。
軽く何度もキスを繰り返しながら、あたしの肩を抱く腕に力がこもる。
空いてる方の手があたしの手をやさしく握った。
キスが長くなる。
頭がぽーっとなってきた。
この人……、キスがすごくうまい……。
体の力が抜けてしまう。
これは……、まずいかも……。
あたしは十五歳にしてはかなり開発されてる方だと思う。
だけど、いまはバージンの中学生のフリをしてるんだ。怖くて痛くて、わけがわからないうちに嵐のようにすぎていくはずの初体験。感じてると思われちゃいけないのに。
本当の初体験だったら、女の子はどんなふうになるんだろう。
バージンを売るたびに考えてしまう。
相手がお父さんではなく、レイプでもなかったとしたら……。
あたしの初体験はどんなふうになるはずだったんだろう、って。
あたしは自分の初体験がどんなだったか覚えてない。
乱暴にされたし、叩かれたし。
挿入されたとき痛くて泣いたことしか覚えてないんだ。
――やっぱりやさしくされたかったな。
[援交ダイアリー]
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