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期末テストの答案が返され、一学期も残すところあと数日だ。授業は午前中のみになり、誰もが夏休み気分になっていた。
由香はほとんどの科目で九十点以上を取り、何度も授業をエスケープした汚名をそそいだ。
いじめはなかった。由香は一匹狼として生きる覚悟を決めていたから、ほかの女子から無視されてもこたえなかった。由香は毎日生き生きと過ごし、そのうちにクラスの女子との関係も元に戻ってしまった。
奏に対するいじめもなくなった。これには倫子の力が大きかった。由香が奏をかばうという以上、奏をいじめてもバカバカしいだけだし、由香にはいじめが通じないのだ。倫子が由香と仲直りして、奏とも話すようになると、誰もいじめを続けようとは思わず、結局、奏は以前よりクラスに打ち解けるようになった。
ただ、由香は奏とは友達にはなれなかった。自分でも愚かしいとは思うが、どうしようもない。世の中には正妻と愛人が仲良しの友人になることもあるらしいから、いずれ奏とも友達になれる日がくるのかもしれない、と思ったが、そうだとしてもまだ先の話だ。
由香にとって目下の関心事は、純のことだった。
いつものように放課後の美術室に来ているのは由香と純だけだった。由香は窓からグラウンドの陸上部の練習風景をながめた。日差しはきついが、カラッと晴れていて、風が肌に心地よかった。
「部長からのメール見ました? あした、夏休みの活動についてのミーティングをするそうですよ」
純がそばに寄ってくると、由香は胸が高鳴るのを感じた。
純のことが好きなのだ。
でも、告白はできないでいた。武一との恋が破局したことで臆病になっているのだ、と思った。そんなふうに理屈をつけてみても、怖いものは怖い。由香は自分の恋心を純に知られるのを恐れた。
以前と同じように接しようとするのだが、以前の距離感が思い出せない。だから、こんなことを言ってしまったのも、以前はこのくらいの軽口を言っていたはずだと思ったからだった。
「ねえ、純。夏休みになったらスケッチ旅行に行かない? あたしとふたりで」
「え? 天音先輩とぼくのふたりで? ……その、泊まりがけで、ってことですか?」
純が顔を赤くして照れると、由香も真っ赤になった。なんだかとても恥ずかしいことを言ってしまった気がする。
いまのは冗談だとごまかそうとしたとき、純が緊張した様子で口を開いた。
「以前、先輩に告白したときのこと、覚えていますか?」
「告白……?」
純に告白されたことなどあっただろうか? 記憶をたぐってみてもまったく覚えがない。由香が思い出せないでいると、純が肩を落とした。
「いや、いいんです。相手にされてないのはわかってました。でも、もしもいま、もう一度告白したら、別の返事をくれますか?」
心臓をぎゅうっとつかまれたような気がした。
顔が熱い。鼻がツンとして、視界がぼやけた。
純は深呼吸をすると、
「天音先輩、ぼくと付き合ってください。先輩のことが好きなんです」
由香は胸がいっぱいになってしまい、口元に手を当てると、大粒の涙をこぼし始めた。
鼻をすすりながら、か細い声で、
「はい……」
と答えると、純の手を握った。
「あたしも純のことが好きです。純のことが好き。あの日からずっと、純のことが好きだったの。だから……、すごく……うれしい。純の彼女になりたい」
由香はしゃくりあげながら、とぎれとぎれに言った。
「天音先輩」
「由香、って……呼んでほしい」
純はすこし戸惑ったような顔をしたけれど、はにかみながら応じた。
「由香……先輩。そのぉ、……由香」
「はい」
深い安堵に包まれた。
うれしくてたまらない。
涙が止まらない。
由香は笑顔で目を閉じた。
そっと純の唇が触れて、すぐに離れた。由香は片目を開けて、いたずらっぽく微笑むと、また目を閉じた。
優しく体を引き寄せられ、もう一度キスされた。こんどはもっと長く深いキスだった。
おわり
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