第13話 目覚めた少女たち (10)
黙って聞き耳を立てていた蓮司さんが鼻を鳴らした。
「あんな男と関わってるとろくなことにならないぞ。このあいだみたいに都庁職員に脅迫される程度じゃ済まない。命に関わることだってあるかもしれん」
「ありがとう、蓮司さん。あたしのこと心配してくれるんですね。でも、ショウマはあたしに生きる意味を教えてくれたから。もしショウマがあたしの命を欲しいというなら、いつでも差し出します」
「お前、まだ高校生のガキのくせに――」
お説教を始めようとする蓮司さんをマリアさんが制した。
「蓮司はショウマを嫌っているんだよ。まあ、いろいろあってね。どうやら沙希はまだ調整が必要なようだね。ショウマにはそう伝えておこう。それと、あいつはロリコンだから間違っても沙希のような美少女を手にかけたりはしないよ。安心したまえ」
マリアさんはスプーンで生クリームをすくって一口食べ、カクテルを一口飲んだ。
「さて、3Pしたい、だったか。ショウマに何とかできる話だろうかね。あれは一匹狼だからね。わたしは女だから協力はできないし。ふむ、ここにいる蓮司が力になってやれるんじゃないかい?」
「よしてくださいよ、マリアさん。沙希はまだ子供ですよ」
マリアさんの言葉にあたしは希望に満ちた眼差しを蓮司さんに向けた。
「あたし、蓮司さんに抱かれてみたいです。それで、蓮司さんのお友達と三人でなら、安心して3Pできるような気がします」
「沙希、お前もいいかげんにしないか。援助交際するのは構わんが、もうすこし自分を大事にしろ。いろいろ事情があるようだが、まだ子供なんだからな」
「この子はショウマの女だと言ったろう? その辺の女子高生とは違う」
そう言って、マリアさんはあたしの方に向き直り、
「蓮司は女性が苦手なのだよ。まあ、こいつの助けがあったとしても、トラウマの問題は沙希自身が解決するしかない。記憶を書き換えるような荒っぽい方法でもいいなら別だが。そういうやり方を望むかい?」
それ、あたしの記憶を書き換えるような方法があるって言ってるの? 麻薬? 催眠術? それともロボトミーみたいなの?
マリアさんならとんでもない裏技を持っていそうな気がして、背筋が寒くなった。
「いや、その……、トラウマもあたしの一部なので。削り取ればいいってものじゃないです。あの……、あたしがチャレンジして失敗して、また心が壊れてしまったら、また助けてくれますか?」
「沙希はショウマのお気に入りだ。彼とわたしがきみを修復するよ」
あはは、修復か……。
あたしはショウマのドールだもんね。
でも、あたしのことを分かってくれる人がいるのはうれしい。
とはいうものの――。
カウンターの上に両手で頬杖をついて、大きなため息をついた。
「3Pって、相手を見つけるのに苦労しそう。あたしがよく利用していたネット掲示板がこのあいだ閉鎖になってしまって、普通に援交するだけでもなかなか相手が見つからないんですよ。やさしくて、お金があって、エッチもうまい、そんな人間的にも尊敬できる素敵なおじさまと出会いたいのに。3Pならなおさら」
女の子同士だったらレズビアンでなくても友達同士でキスくらいする。同性愛者ではないあたしと美菜子ちゃんがセックスで燃え上がったくらいだし。女ふたりの3Pなら、たぶん相手を見つけられる。
男ふたりの3Pは、男性が別の男性と触れ合ってしまう可能性がある。互いのアレも丸見えになるし。ホモの気がある人ならともかく、たいていの男性はそういうの嫌がるんじゃないかな。あたしを輪姦した奴らみたいに頭のおかしい連中は別だけど。
そんなことを考えながら蓮司さんの顔を見上げた。
蓮司さんとショウマとマリアさん。どういう知り合いなんだろう。
三人のあいだには、あたしの知らない大人の世界があるように感じられた。
二十歳までに死ぬと思っていたあたしには、縁がないと思っていた大人の世界。
あたしを抱いてくれるお客さんたちが住む世界。
どんなところなのか、子供のあたしには想像することすらできない世界。
「ん? 俺の顔に何かついているのか?」
あたしがじっと見つめているのに気づいた蓮司さんが、顎に手をやった。
それを見て思わず吹き出してしまった。初めて出会ったときと同じこと言ってる。
「ごめんなさい。蓮司さんのハンサムなお顔に見とれてました」
あたしは笑って、オレンジジュースを一口飲んだ。
「ねえ、蓮司さん。あたしとお友達になってくれませんか? あたしは偶然は信じない。でも運命は信じてる。あの日、出会ったことには意味があると思うんです」
蓮司さんは何も答えなかった。そのかわり、あたしのグラスにウォッカを注ぎ、マドラーでオレンジジュースと混ぜ合わせた。
あたしはにっこりして、スクリュードライバーのお礼を言った。
[援交ダイアリー]
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