第11話 恋のデルタゾーン (15)
岩倉くんはつかつかと寄ってきてあたしの首に腕を回して美菜子ちゃんから引き離した。で、顔を近づけてささやいた。
(恋人のフリとか大迷惑なんだよ。俺には好きな人がいるって、美星も知ってるだろ)
(恵梨香先輩にはちゃんと説明しておくよ。説明するとき岩倉くんもいっしょに来れば先輩に紹介してあげられるし。お近づきになるチャンスじゃん)
あたしの返しに岩倉くんは顔を赤くした。飄々としてるくせに、恵梨香先輩のことになると、すぐドギマギする。
(あと、俺はホモじゃない。小川の誤解もなんとかしろ)
(美菜子ちゃんにはとっくに説明済みだよ。岩倉くんがホモじゃないのは美菜子ちゃんもわかってるって。からかわれてるだけだよ)
「なッ?!」
岩倉くんは、信じられないという表情で美菜子ちゃんを振り返った。
美菜子ちゃんはイノセントな笑顔を浮かべて、
「こうしておふたりを見ていると本当の仲良しカップルみたいです」
などと、のたまった。
「そんなわけないからッ」
「そんなわけあるかッ」
あたしと岩倉くんが同時に声をあげると、美菜子ちゃんはペンギンショーではしゃぐ子供みたいに笑った。
そして、あっという間に放課後になった。
体育館の裏は低い土手になっていて、その上の金網フェンスの内側には、目隠し代わりのコニファーが植えられていた。体育館とのあいだは舗装はされてないけど一応せまい通路になっていて、体育館をぐるりと回れるようになっている。回ったからといって何があるわけでもないし、運動部のランニングコースには狭すぎるので、ここを通る生徒はいない。午後は直射日光も当たらないから、空気はすこしひんやりしていた。体育館の中から、バレー部とバスケ部の練習の声、ボールが跳ねる音、シューズが床をこするキュッという、ずっと聞いていると眠気を誘うような音がかすかに聞こえてくる。
まるで学校の設計者が生徒の告白イベントのためにわざわざ用意したような場所だ。
建物の陰からそっと顔を出すと、大川先輩はもう来ていた。
あたしはいっしょに来てもらった岩倉くんに隠れているよう指示した。出番があるかどうかはわからない。ずっと離れたところに美菜子ちゃんも隠れていて、あたしたちの様子を興味深そうに見ている。
あたしは大きく息を吐き出すと、体育館裏の通路を大川先輩の方へと歩き始めた。
「大川先輩」
声をかけると、先輩はあたしに向き直った。
「来てくれてありがとう、美星さん」
あたしは黙って、先輩が切り出すのを待った。先輩は最初に言う言葉を選んでいる様子だったけど、けっきょく決められないといったふうに口を開いた。
「美星さんのことを最初に意識したのは去年の文化祭のときだ。その頃は美人だけど物静かでちょっと儚げなところのある子だなと思っただけだった。ところが、新学期になって最初に美星さんを見たとき、きみの表情が以前とはまるで違って、なんだか生き生きと輝いているように感じられたんだ。それ以来、美星さんのことが気になってた。それで美星さんと親しくなりたいと思ったんだ」
肝心なことを言い出せない自分が苛立たしいという顔で言葉を切った。
「このあいだ美星さんに言われたことを、ずっと考えていたんだ。まったくきみの言うとおりだ。ぼくは怖がってばかりだった。でも、怖がってばかりじゃ手に入らないものもある。そっちの方がずっと怖いのかもしれない」
大川先輩は深呼吸をした。
「美星さん、ぼくの彼女になってください」
「ごめんなさい。大川先輩とはお付き合いできません」
と、頭を下げた。
先輩も答えは予期していたのかもしれない。
「ぼくにはチャンスはないのかな?」
「先輩はいい人だとは思いますけど、あたしの好きなタイプとは違います」
大川先輩は寂しそうに微笑んで、あたしの肩越しに視線を走らせた。振り返ると、体育館の建物の陰から、岩倉くんの背中が半分はみだしていた。
「もしかして彼氏?」
「ええ。彼氏はいないってウソ言っちゃってごめんなさい。付き合ってることはナイショなので」
「どんな人なの? ――いや、後学のために、どんなタイプかと思って」
「口は悪いけどやさしくて、子供っぽいけどカッコよくて、思慮深いのに考えなしで、デタラメだけどスゴイ人。とても尊敬できる人です」
岩倉くんにも聞こえただろう。本心から思ってるからすらすら言えた。
あたしはもう一度頭を下げて、笑顔で先輩にさよならを言った。
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