校舎裏の生垣の陰を、留美とさやかはほとんど四つん這いになるほど身をかがめて、そっと歩いていた。不自然な姿勢なので背中と腰が痛い。留美からは、前を進むさやかのパステルブルーのパンツが丸見えだった。
不意にさやかが足を止めた。留美は危うくさやかのお尻に顔をぶつけてしまうところだった。悪態をつく留美を無視して、さやかが生垣の下から向こうを覗いた。長い髪が地面につかないよう手で支えながら、留美もそれにならう。夏の日差しに灼かれた地面の熱気が顔にかかった。
生垣の内側は芝生を張った庭になっていて、いくつか設置されているベンチのひとつに、優奈が腰掛けているのが見えた。ベンチのあるあたりは木陰になっている。
「もうちょっとだ。顔をあげるなよ」
「わかったから早く行け」
このまま進んでいけば、優奈の背後に出られる。
佐賀の告白リベンジをこっそり覗くのは気が進まなかった。優奈を応援してやりたいと言い出したのは留美だったけれど、それにはまず佐賀と優奈のやりとりを確かめなくちゃ、とさやかが言い張ったのだ。
「やべっ、佐賀のヤツが来た」
さやかの言葉にうしろを見ると、佐賀が走ってくるところだった。
「急げ」
ふたりは優奈に気取られないよう注意しながらも、足早に進んだ。
なんとか佐賀が来るより先に、優奈の背後に回りこむことができた。ほんの数メートル離れているだけだが、優奈にも佐賀にも気づかれていない。たぶん自分たちのことで精一杯で、隠れて覗いている者がいるとは思いもしないのだろう。留美は生垣の陰にしゃがみこんで、息を殺して待った。
「ごめん、秋田さん。待った?」
「ううん、大丈夫」
優奈が立ち上がって佐賀を迎えた。
佐賀はひとしきり息を整えると、
「あの……、ありがとう、来てくれて。きのう、あんなことになっちゃったから、もう話を聞いてもらえないんじゃないかと不安だったんだ」
「……」
あんなことってどんなことだろう、と留美は思った。佐賀から告白されたとたん、無理ですわたしなんか、と泣きながら優奈が走り去ってしまったとか、そんなところなんだろう。優奈ならそれくらいありそうだ。
「それで、その……、改めてお願いします。ぼくと交際してください。ずっと前から君のことが好きでした」
ストレートすぎて背中がむず痒くなるような告白に、留美は呆気に取られた。留美は告白したこともされたこともなかったので、他人の告白であっても胸がどきどきして脚が震える思いだった。その様子を見てさやかがニヤニヤしているのに気づいて、留美は照れ隠しに顔をしかめた。
「圭一くんの気持ち、すごくうれしいです」
優奈が佐賀を下の名前で呼んだことに、留美はドキリとした。優奈と佐賀は出身中学も違うし、クラスも離れているから合同授業で顔をあわせることもない。週に一回開かれる図書委員会で同席するだけでそんなに親しくなるとも思えないから、つまり留美たちの知らないところで佐賀と親交を深める機会があったということなのだ。
留美は急にその場から逃げ出したくなった。こんなことするべきじゃなかった、と後悔したけれど、いま動くわけにはいかない。あきらめてじっとしているしかないので、視線をそらして地面を見つめた。
優奈はしばらく逡巡している様子だった。
(じれったいな、優奈のやつ。さっさとOKしちゃえよ)
と、さやかがボソボソとつぶやいた。
「圭一くんとはお付き合いできません」
優奈が絞りだすように言った。その口調にただごとではない真剣さを感じて、留美は思わず顔を上げた。
[夏をわたる風]
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