第15話 ロンリーガールによろしく (13)

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 新庄の車はあたしが走るスピードに合わせて背後三メートルほどを追いかけてくる。獲物を嬲って楽しんでる。あたしはジグザグに走って逃げつづけた。新庄はあたしに誘導されているとは知らず、笑いながらハンドルを左右に切る。

 目的の場所まで来ると、あたしは隠し持っていた握りこぶし大の石を取り出した。タイミングを合わせて急停止。新庄が焦ったところで振り向いて、助手席の津谷に向けて思いっきり石を投げつけた。

 飛んでくる石を避けようと新庄はハンドルを右に切った。

 その先にあるのは濁流だ。

 新庄の顔が恐怖に染まったのがはっきり見えた。その場所は増水した川の流れに削られて道路の一部が崩れていた。悪路の上に道幅が狭くなっていた。新庄は必死の形相でブレーキをかけ、ハンドルを切り返した。

 ワンボックスカーは脱輪し、車体が右に傾いた。やったか!? と思ったのも束の間。そのまま川に落ちるかと思われた車は、道路脇の大きな石に引っかかって落下を免れてしまった。

(くそっ、失敗だ)

 心の中で悪態をついた。

 車は車体の下にある石に乗り上げた形で、シーソーのようにバランスを取っていた。右の車輪は完全に脱輪し、左の車輪は地面から数センチほど浮いている。

 津谷が助手席のドアを開けようとすると車体がぐらりと揺れた。津谷はあわてて動きを止めた。かわりに助手席の窓が開けられた。

「鳴海ッ、こっちに来て車を支えろッ」

 と、新庄が無茶なことを言う。女の子の力でそんなことができるわけないじゃないの。

 後部のスライドドアが半分開いた。漆山が泣き叫びながら外に飛び出そうとするのを、南野が必死に押さえている。漆山の体重がなくなれば車はバランスを崩して落ちるだろう。

「鳴海、俺たちが車を降りるあいだ支えてくれるだけでいいんだ。お前も家に帰してやる。いままで俺たちがしたことも償おうじゃないか」

 それを聞いて苦笑した。どうやら新庄は自分の立場を理解したようだ。こいつらの命は風前の灯。危ういバランスの上にある。追いかけてくるとき五人が車に乗ってくれるかどうかだけが問題だった。走って追いかけてこられたんじゃ逃げられなかった。だからさっきドアを開けようとするフリをして車の存在を印象付けたんだ。誘導はうまくいった。でも、川に飛び込ませるのは失敗しちゃったな。

 あたしはゆっくりと車に近づいた。

「ねえ、新庄先輩。あたしのお願いを一つだけ聞いてほしいんですけど」

「何だ? 何でも聞いてやる」

 すがるような表情の新庄に、あたしはやさしく微笑んだ。

「地獄に落ちろ!」

 力いっぱい、車体を蹴った。

 ワンボックスカーはぐらりと右に傾き、その傾きがゆっくりと大きくなっていく。新庄の顔が溶けかけの蝋人形のように歪んだ。濁流の方に目をやったかと思うと、思いっきりアクセルを踏んだ。ガウウゥゥーンと空吹かしの音が響いた。右のタイヤが空回りして小石を跳ね飛ばす。新庄はあたしの方に視線を戻し、手を伸ばした。叫び声をあげる余裕すらない。車体の下で鉄板が石にこすれる音がした。車がガクッと下にズレた。そのままズズズッとずり落ちはじめた。

 津山がドアを開けようとしたけど、シートベルトをしてなかったものだから、重力で運転席の方に転げた。後部座席の連中も同様に座席の右側に落ち、シーソーは大きくバランスを崩した。もう元に戻れないところまで傾いてしまうと、そこからは傾きを増すスピードが徐々に速くなっていく。ついに車体の傾きは90度を超え、凹凸のあるアンダーカバーをさらした。

 勢いを増した車体が宙を舞うと、ようやく車の中から悲鳴が聞こえた。

 車体はなおも回転し、ルーフを下にして落下した。あたしは急いで道路の端に駆け寄って下を見た。濁流は三メートルほど下で轟音をあげている。落下した車が泥水をはねた。大きな音もしたはずだけど、濁流の音でかき消えた。開いた窓やスライドドアから一気に濁流が入り込み、あっという間にドアの下のラインまで沈んだ。車はアンダーカバーを上に見せたまま回転している。ピラニアの群れに投げ込まれた鈍重な牛がなすすべもなく貪り食われるところを思わせた。

 一人だけ、漆山が土手の下に露出した木の根っこにつかまっていた。こいつだけ後部ドアから飛び出そうとしていたから、運良く脱出できたようだ。

 ほかの四人が浮かんでくる様子はない。濁流の中では大小の岩が流されてきて、すりこぎ状態になってるだろう。いまから脱出できても助からないはず。車は右回転したり左回転したりしながら、だんだん岸から離れ、濁流に押し流されていく。

 あたしはその様子を固唾を飲んで見守った。十秒……、二十秒……、三十秒……。とうとう、タイヤまで泥水の中に沈み、ワンボックスカーは完全に濁流の中に姿を消した。それでもあたしは車体があるはずの場所を見つめつづけた。

 誰も浮かんでこないでくれ、と祈りつづけた。

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