「これから莉子ちゃんと下の桜を見に行くんだけど、もなかも着替えて一緒に行こうよ。高校の制服持ってただろ」
もなかさんはしばらく考えて、
「おもしろそうですね。わかりました。先に行ってください。わたくしも着替えたらすぐに参りますから」
これは意外だった。もなかさんのことだから、花見に同意したとしても、制服に着替えることまで承諾するとは思わなかったんだ。あずきさんもちょっと驚いたようだけど、別に気にしていないみたい。
なんか、イヤな予感がする。
いつもと違うことをしたり、もなかさんらしくないことをしたりするのは、もなかさんが止まった時間を動かそうとしているからだろう。
それはつまり、あずきさんに返事をするってことだ。
あずきさんに連れられて外に出た。別荘の横をまわって、海のほうへと歩いていく。
きょうもよく晴れていて、すこし風がある。打ち寄せる波の音が響くほかは静かだ。小路をたどって降りていくと、数本の小さな桜の木が花を咲かせている場所に出た。丘の上に建っている別荘からは直接は見えない場所だ。八分咲きくらいだろうか。まだ、つぼみも多い。
お花見用の場所として整備されているらしく、芝生が植えられていた。海を臨む丘の中腹に作られた細長い広場になっている。おおぜいで宴会をするには狭いけれど、数人で桜を眺めながらお弁当を広げるには十分な広さだ。
「うわあ。ほら、莉子ちゃん、もうほとんど満開だね」
一番下の枝はあずきさんの肩の高さだ。あずきさんは枝に手を添えて、花に顔を近づけて匂いをかいだ。わたしもまねしてみた。匂いは感じられない。むしろ海からくる潮の香りのほうが強い。
あずきさんはニコニコしながら腕を大きく広げた。
「あした、みんなでお花見しようよ。栄寿さんだって部屋に引きこもってばかりじゃ、ますます憂鬱になるだろうしね。外の空気を吸うだけでも元気が出ると思うんだ」
「いいですね。わたしもお弁当を作るの手伝います」
そうは言ったものの、あずきさんがお花見気分になれるかどうか不安だった。だって、きっとこれから、もなかさんが告白の返事をするだろうから。
そうこうするうちに、高校の制服に着替えたもなかさんが歩いてくるのが見えた。
あずきさんが、もなかさんに気づいて手を振った。
「もなかーっ、あしたここでお花見をしよーよ」
スタイルのよさはあずきさんと同じだ。はちきれそうな太ももがミニスカートからのぞいている。けれど、ショートカットでメガネをかけたもなかさんはとても理知的な感じがした。そのせいで、あずきさんよりは高校生っぽく見えた。
もなかさんは、わたしたちの前まで来ると、桜の木を見上げて、
「まだ満開にはなっていませんね。でも、お花見もいいかもしれません」
「ねえ、もなか、知ってた? 莉子ちゃんはあたしたちと同じ高校に入学するんだって」
「まあ、そうだったのですか。お嬢さまの入学式にはきっと桜が咲いていますね。わたくしたちのときには、もう散ってしまったあとだったのですよ」
あずきさんと同じようなことを言ってる。
「そういうわけだからさ、いまから入学式ごっこをやろうよ」
「入学式ごっこ?」
「まあ、つまり、高校の入学式のころの気分に戻って、桜咲き乱れる入学式を体験してみようというわけさ」
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