夏をわたる風 (13)

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さやかはいらいらしている様子を隠そうともしなかった。廊下の真ん中を、ほかの生徒たちにぶつかりそうになりながら、早足で歩いた。

「結局、噂を流したのは佐賀の取り巻きの女子だったみたいだな。気に食わねー。卑劣なやり方でライバルの足を引っ張ろうとしやがって。女の敵は女、ってわけだ」

留美はそう言うさやかのあとについて歩きながら、

「これじゃ噂を打ち消すのは難しい。七十五日も待ってられないぞ」

「うーん、やっぱり佐賀に、フラれたのは自分のほうだ、って宣言してもらうしかないな。あたしら頭に血がのぼってたから、噂に優奈の本当の過去が含まれてる、って思い込んでたけど、考えてみたら優奈のことは誰も知らないんだ。噂は佐賀のことが好きな女子たちがデタラメを言いふらしてるだけだろ。だったら佐賀に否定してもらうのが一番じゃないかな」

「そうだな。あとでもういっぺん佐賀と話してみよう」

そう言ってから、留美はふと照美のことを思い出した。照美は優奈のことを真剣に心配していた。留美のことをいじめっ子だと勘違いして助けようとしたほどだ。だから、照美が噂を流したのだとは思えない。

(でも……、もう一度、話を聞いてみよう)

教室の近くまで来たところで留美はさやかに、

「わたし、このあいだの宮崎さんって子と話してみる。あの子、優奈の事情を知ってるはずだから、噂のことで相談したら何か教えてくれるかもしれない」

「いまからか? あたし、きょうの英語の訳をやっとかなきゃならないんだけど」

「ひとりで行ってくる」

留美はさやかにバッグを預けると、踵を返した。

1組の教室には佐賀の姿はなかった。まださっきの場所で思い悩んでいるのだろう。照美はすぐに見つかった。近くにいた女子に頼んで呼び出してもらった。

廊下に出てきた照美は、おどおどしていて、留美と視線を合わせようとしない。それで留美は他人の目がないすこし離れた場所に照美を連れていった。

「優奈のイヤな噂が広まってるんだけど、宮崎さんは聞いたことある?」

留美が尋ねると、照美は全校生徒の非難を一斉に浴びせられたような顔をして、体を縮こまらせた。

この女は優奈の噂と関係がある、と留美は直感した。けれど、詰問口調になるのをどうにか抑えて、

「優奈の中学のときの噂が流れてるんだけど……」

「あんなのデタラメよっ!」

顔を上げた照美が、まるで自分のことのように必死な表情で言った。

留美はできるだけ優しい口調になるよう、無理に笑顔を作って、

「宮崎さんが噂を流したんじゃないの?」

「わたしは……、わたしはただ、秋田さんが処女じゃないって言っただけだわ」

「処女じゃない……?」

「そうよ。でも、噂されてるみたいに、秋田さんが援助交際を繰り返してたなんてことは言ってない。佐賀くんのことを好きな女の子たちが、話をおもしろおかしく派手にしたのよ」

「宮崎さんも佐賀のことが好きなんじゃないのか?」

留美は保健室で照美が漏らしたセリフを思い出して訊いた。

「そうだけど……、ええ、そうよ、好きよ。でも、わたしにチャンスがあるとは思えない。わたしは香川さんみたいに美人じゃないし、人気者でもない。だから、あこがれてるだけでよかった。誰か佐賀くんにお似合いの子が、たとえばあなたみたいなひとが佐賀くんとカップルになるなら、それでいいと思ってた」

「なんだよそれ。それじゃ、優奈は佐賀にふさわしくないとでもいうのかよ」

抑えようとしても留美の声には怒りの色がにじんでいた。

「だって……」

照美も興奮してきたのか、おどおどした様子はなくなっている。留美の目をまっすぐ見据えて、

「秋田さんはおおぜいの男子に穢されてるんだもの!」

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[夏をわたる風]

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