深く考えて言ったわけではなかった。単純に、目には目をというだけのことだ。言ってしまってから、小学生じみたセリフだと後悔した。
三田村はあっけにとられたような顔でしばらく結夢を見つめていた。その視線に耐えられなくなった結夢はそれまでの強気の表情を崩した。いまの発言を取り消そうと思ったとき、三田村が芝居がかかった口調で言った。
「たしかに悪気はなかったとはいえ、俺はユメの裸を見てしまった。お前をはずかしめて傷つけてしまった。男として責任を取らなくちゃならないな。よし、わかった。俺も男だ。ユメだけに恥をかかせるわけにはいかない。ユメのために俺も全裸になろう」
結夢が止める間もなく、三田村はハシゴを使ってプールから出た。プールサイドの隅でごそごそしていたが、やがて戻ってきてプールの縁に仁王立ちになった。
全裸である。
結夢は思わず股間を凝視してしまった。そのまま視線をそらすことができなかった。といっても暗いのでよくは見えなかったのだが。
「これでおあいこだろ?」
三田村はそう言って笑うと、頭からプールに飛び込んだ。ほとんど波を立てない優雅なフォームだ。三田村はすぐに結夢の近くの水面に顔を出した。見えないとわかっていても、結夢は水の中で体を隠すしぐさをした。
「で、ユメはもう帰るのか?」
「また三田村くんに裸を見られちゃうからプールから上がれないよ」
「なら、いっしょに泳がないか? 広いプールを独占できるのって気持ちいいだろ」
結夢には三田村のことがますますわからなくなった。
まじめな優等生だと思っていたのに、さきほどからの自由すぎる態度にクラクラさせられる。
ふと、三田村も毎日がつまらないと感じているのだろうかと思った。
優等生の仮面をかぶっていることでストレスを溜め込んでいたのだろうか。
そうでなければ夜の学校にしのびこんでプールで泳ごうなどと考えるはずがない。
おそらく自分たちは似たもの同士なのだ。
結夢はそう思って、すこし三田村に付き合ってみることにした。
三田村はプールを斜めに横切ってゆっくりとクロールで泳いでいった。あらかじめ用意されたコースにとらわれはしない、俺の道は俺が作る、とでも言わんばかりだ。そのゆったりしたペースに、ついてこいと言われているような気がして、結夢は平泳ぎであとを追った。
プールの反対側に着く直前、三田村は体をまっすぐにして逆立ちすると、シンクロナイズドスイミングのように両足を高くあげた。と見るや、そのままの姿勢で水中に消えた。結夢がその場に立って三田村が浮いてくるのを待っていると、何かがお尻に触れた。
「きゃっ」
ちいさく声をあげて飛び退いた。
すぐそばに三田村が顔を出した。
「すまん。手があたっちまった。別にいやらしいことするつもりはなかったんだ」
結夢はその言葉を信じた。三田村が結夢を女子として意識しているのは伝わってくるが、その態度はあくまで紳士的だ。ただ、尊重されているのか、それとも大して関心がないのかは判然としない。
「三田村くんは、どうしてあたしが裸でいるのか、って気にならないの?」
「気にはなるさ。それを言ったら優等生のお前が夜のプールで泳いでること自体も気になるね。俺はこれまで何度も泳ぎにきているが、ほかのヤツが泳ぎにきているのを見たことはないからな。けど、ユメにとっては何かデリケートな問題をはらんでいるのかも知れんし。理由を訊いても大丈夫だとわかるまでは、ただ単にその方が気持ちいいからだろうとでも思っておくさ」
「そんなに深刻な問題があるわけじゃないよ。それより三田村くんはよくこんなふうにひとりで泳いでるの?」
三田村はあおむけに体を倒すと、背浮きになって水面にただよった。
「こうして水に浮きながら星をながめるのが好きなんだ。まるで宇宙をただよっているような感じになる。こうやって――、む? お前、いま、プッって笑ったろ?」
「ゴメン。三田村くんって子供みたいだなって思えて。でも、そーゆーの好きだよ」
結夢は笑顔で弁解すると、自分も同じようにあおむけに浮かんだ。真っ暗だけど、無限の広がりの中に星々のまたたきが見えた。
「ユメは夏の大三角形って知ってるか?」
結夢は空に手を伸ばして、
「こと座のベガ、織姫星。わし座のアルタイル、彦星。それから、ええと……なんだっけ」
「はくちょう座のデネブ」
三田村が明るい星を指さして言った。やっと話の通じる相手が見つかった、というように声がはずんでいる。そのかすかな変化に気づいて、結夢は胸がときめくのを感じた。
不意に沈黙が訪れ、ふたりは並んで浮かびながら星空をながめた。
なんとなく空気が変わり、全裸でいるのが恥ずかしいような、ドキドキするような、妙な気持ちが湧き起こってきた。それで結夢が先に沈黙をやぶった。
「夢を結ぶ、っていう字を書くんだ。――あたしの名前。さっき訊いたでしょ?」
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