いじわるな北風があたしのミニスカートをめくりあげた。思わず「きゃっ」と声をあげてスカートを押さえた。その拍子にスマホを落としそうになり、あわてて両手でつかまえた。
まわりに誰もいないことをあらためて確認。よく晴れてるけれど、二月の空気は冷たい。昼休みに校舎の屋上にくるような生徒はいなかった。いるとしたら何かうしろめたいことをしてる子だけだ。援助交際のメールを書いてるとか、ね。
今度のお相手は一条さんという三十代の独身男性。投資関係の掲示板で知り合った。デイトレーダーだという。写真で見た感じではなかなかのハンサムさんだ。経験上、株をやってる人は金払いがいい。援助交際で稼ぐコツは、払える人を選んで、欲しい額を遠慮なく要求することだ。お金のために援助交際をしてるわけじゃないけど、どうせならお金はたくさんもらえる方がいいじゃん。
中学生のフリをしてバージンを売る、というのが今回の作戦だ。
きのうの夜、電話で「母子家庭で貧乏だからお小遣いで株を始めてみたい」と相談したら、一条さんの方から「一度会って話そうか」と言ってきた。援交目的のサイトで知り合ったわけじゃないから、セックスに持ち込めるかどうかはまだわからない。
でも、会おうと誘ってきたってことは、その気があるってことだ。
メールを送信してスマホをポケットにしまうと、空を流れる雲を見上げた。
自然とため息がもれた。
「あたしのカラダはきたない……」
好きな男の子がいるけど――。
その人から告白もされたけど――。
断らなきゃならなかった。
たぶん、あたしは彼の言葉を信じることができないんだ。
あたしのことが好きだと言ってくれた彼を信じることができないんだ。
彼が本気であたしを受け入れようとしてくれてたのはわかる。
それなのに、あたしは彼の言葉を信じることができない。
彼を信じることができないのは、あたしがココロもきたない子だからだ。
こんなに穢れたあたしは何をどうしたって、しあわせになんてなれっこない。
ふーっ、と息を吐き出す。
「だからどうだということもない。あたしは援助交際をする。それがあたしなのだし、あたしがあたしである以外にあたしという女の子のありようはないんだ」
そう言うと、あたしは声をあげて笑った。
冷たい風がぴゅうっと吹いて、あたしは体を震わせた。すっかり冷えてしまった。そろそろ教室に戻ろう。
階段を下りながら、ミニスカートをチェックした。男子生徒が下から見上げたとしてもパンツまでは見えない。でも、ペチコートが適度に見えるだろう。ペチコートをはいてる子なんてまずいない。スパッツをはいてる子は多いけど、それじゃ男の子がかわいそうだよね。下着が見えそうで見えないところが男を興奮させるわけだけど、そこに白いひらひらがちらちら見えるとゆうのもたまらんはずだ。
きょう着ている制服は晴嵐高校の正規版じゃない。自作のカスタムだ。冬休みの間に作り始めたんだけど、ようやく完成した。ライトグレーのブレザーはナチュラルストレッチのウール素材で一から作ったもの。イタリア製の高級生地を使ったので、かなり費用もかかった。バストのふくらみとウエストのくびれをそれとなく強調する立体裁断に苦労したよ。裏地は薄いピンクにしておしゃれ感を出した。チェックのミニスカートは本物より短くし、プリーツを深くして立体感を出している。
要するに一見普通の制服だけど、男子生徒の潜在意識に性的なアピールをするデザインなわけだ。清楚ビッチなあたしとしては男子の視線をあつめたい。ついでに男の先生のもね。いまのところうまくいってると思う。
そんなわけで、可愛く見えるように笑顔を浮かべ、スキップするような調子で階段を駆け下りた。そうして廊下の角を曲がったとたん、ちょうど反対側から曲がってきた男子生徒と、
「きゃあっ!」
「うわっ!」
――ぶつかってしまった。
階段を駆け下りた勢いのまま男子生徒の胸に頭突きをしてしまい、ふたりとも転んでしまった。そのまま騎乗位の体勢で、折り重なって廊下に倒れた。男子生徒が下になったおかげであたしは顔を床にぶつけずにすんだ。
「イタタタ」
あたしは上半身を起こすと、おでこをさすりながら男子生徒を見た。
相手の顔には見覚えがあった。一年D組の、たしか岩倉という男子だ。面識はないけど、三ツ沢さんによると、女子のあいだではかなり人気のある子らしい。
「おい、いいかげん俺の上からどいてくれないか」
と、言われて我に返った。
「ご、ごめんなさい。えっと、岩倉くん……だよね? 大丈夫?」
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