「一年くらい前の自分を思い出してみてください。自分の人生は本当にこのままでいいのだろうか、とか、これが自分の本当にやりたかったことだろうか、とか思っていませんでしたか?」
あたしのキャラが変わったことに戸惑いながらも、沢渡さんは考え込んだ。思い当たる節がある証拠だ。
子曰く、四十にして惑わず。でも実際はこのくらい年齢の男性はみんな同じようなことで悩んでいるものだ。高校生からしたら大人の男性はしっかりした自分を持っていると考えがちだけど、そんなことはない。お金に困っていない一条さんだってアイデンティティに悩んでいたし、仕事が順調で家庭も円満な人でさえ、同じ悩みを抱えている。そうした人の中には不倫したり、あたしみたいな子を買って冒険しちゃったりする人も多い。
「おじさんが会社をリストラされたのは会社が危なくなったからで、おじさんのせいじゃないですよ。ほんとは別のことをしたいのに、いまのままでいいのかって悩みつづけるくらいなら、さっさと新しいことに挑戦してみた方がいいと思うし、そういう男の人の方がカッコよくて魅力的だと思うな。だから、リストラはウジウジしていつまでも行動を起こさないおじさんに神様がくれたチャンスなんだと思う」
あたしは両手で頬杖をついて、にっこりした。
「どんなときだってピンチはチャンスなんですよ」
「そうは言ってもなぁ……」
沢渡さんは照れ隠しをするように顔をしかめた。希望に胸が膨らんできたってことだ。
「指名解雇されたら、そりゃあショックですよね。辛かったと思う。辛い時は我慢せずに思いっきり泣いたらいいんですよ。それでそのあとは笑うんです。おじさんが言ったように、いまは転職が難しいときだと思う。でも、困難に立ち向かうときは無理矢理でも笑ってみるんですよ。どっちにしろ、勇気を出して行動した人にだけチャンスがあるんですから。それに、おじさんはもう行動するつもりになってるじゃん」
「なんだか、沙希ちゃんは不思議な子だな」
明るい表情を見せる沢渡さんは立ち直ったように見えるけど、まだ足りない。週末をはさんだら気持ちがしぼんでしまうかもしれない。もっと強烈な何かが必要だ。
「ねえ、おじさん。このあと、ボウリングにいかない? 水族館の半券があれば貸しシューズがタダになるんだよ」
あたしはボウリングをする趣味はない。実際、得意ではない。でも、ここは何かスポーツ的なことで遊ぶタイミングだ。さっきの水族館の隣にボウリング場があったから、ちょうどよかったというだけだ。
沢渡さんは二十代の頃にはそこそこやっていたそうだ。教えてもらうフリをしてボディタッチを繰り返し、ストライクが出たら大はしゃぎして喜ばせた。二ゲーム終わる頃には腕を組んで体を密着させても大丈夫なくらい仲良くなれた。
ボウリング場を出て駅に向かうと見せかけて自然に腕を組んだ。沢渡さんは緊張しながらも、まんざらではない様子。あたしはそこへ通りかかったタクシーを止めた。
「なんか汗かいちゃった。シャワーを浴びれる場所に行きたい」
そもそもボウリングに誘ったのはこのセリフを言うためだ。あたしは沢渡さんをタクシーに押し込むと、運転手のおじいさんに「ホテルマックスまでお願いします」と告げた。おじいさんは訳知り顔でうさんくさそうにあたしを見た。けど、通報されたりはしないだろう。
このあたりはビジネス街でラブホテルがない。だから、デート後のカップルは隣町のラブホテル街まで足を伸ばすしかない。ただし、今回は援助交際が目的ではない。
「シャワーを浴びるだけだからね」
と、ラブホテルの入り口をくぐりながら沢渡さんに念を押した。
マックスはシンプルなラブホテルで、昨夜一条さんに抱かれた部屋のような凝った内装ではない。ビジネスホテルだといえば通用しそうだ。だから沢渡さんも迷うだろう。
「シャワーから出てくるまで、こっちを見ちゃダメだよ」
そう言い含めて沢渡さんをダブルベッドに座らせ、あたしはその背後で服を脱ぎ始めた。衣擦れの音が沢渡さんを興奮させるはず。全裸になっても沢渡さんはじっとしていた。
シャワーを浴びながら考えた。ここまで沢渡さんはあたしが誘導したとおりに反応している。元気づけてあげられたと思うし、自分の気持ちに気づいて次のステップを踏み出す勇気も引き出してあげられたと思う。
同時に庇護欲を掻き立てて、あたしに対する性的な欲望と恋愛感情っぽいものが混じった複雑な感情も喚起できているはずだ。元気のない男の人にはこれが一番効く。
ここからはどうなるかわからない。沢渡さんは何もしないかもしれないし、あたしをレイプするかもしれない。いずれにしても沢渡さんにとっては大きな自信になり、街で出会った不思議な少女との夢のようなひとときとして、永遠に心に刻み込まれるだろう。
よしっ。
バスタオルを体に巻いてベッドのところに戻った。
「ふうー、さっぱりしたぁ。おじさんも汗を流してきたら?」
言いながらベッドに腰を下ろすと、沢渡さんがあたしの方を振り向いた。
少女の柔肌に視線が釘付けだ。
[援交ダイアリー]
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