第11話 恋のデルタゾーン (12)

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 悪漢を追い詰めた西部劇の賞金稼ぎみたいな態度で学ラン男の前に姿をさらした。きょうは梨沙に会うので、ガーリーだけど大人っぽいトップス、白の膝丈スカートにカンカン帽という清楚なお嬢様風コーデにしている。自分で言うのも何だけど、かなりかわいい。だから、スマホをいじりながら歩いていた男はすぐにあたしに目を留めた。

「ごきげんよう、ナンパ男さん。あなたは映画を見ないのかしら」

 声をかけた瞬間、男はあたしが誰なのか気づいた。

 男は「え?」という顔をして、いま出てきたビルの方を振り返った。そしてすぐに大川先輩といっしょにいるところを見られたのだと気づいたらしく、焦った表情であたしの方に向き直った。

 なかなか頭の回転が速い奴だな。よく見ると学ランの詰襟に県内トップクラスの有名進学校の校章をつけている。ナンパしてきたときの態度は不愉快だったけど、あれはぜんぶ演技だったんだろう。本当は話の通じる奴に違いない。

「まずは、大川さんとどういう関係なのか話してもらいましょうか」

 あたしはガンマンみたいにカンカン帽のつばに人差し指を当てて、もう逃げられないぜ、という余裕を見せてウインクした。

「ああ……、そうだね……。えっと……ミホシさん……だったかな」

 男は目をキョロキョロさせながら言った。

「翼とは小学校からの親友なんだ。あ、ぼくは中村っていいます。このあいだは電車で嫌な思いをさせてしまってごめんね。あれはその……なんというか……」

「あたしが気づいたことは大川さんには言いませんよ。中村さんもあたしに話したことは黙ってたらいい。別に腹を立てているわけじゃありません。本当のことを知りたいだけです」

 中村さんは唸った。観念したようだ。

「電車に乗っていたきみを見つけた翼が、『前から気になっていた後輩の子だ、あの子と知り合いたいから協力してくれ』って言い出したんだ。それで、ぼくがナンパで絡んでるところを翼が助けるっていう筋書きで」

 女の子と知り合う方法としては古くからある手だ。ただし、性犯罪でもよくある手法だし、首尾よくあたしを落とした後で、中村さんがおすそ分けに預かるつもりだということだってありうる。

「それで翼とミホシさんがうまく知り合えたみたいで、初デートの誘いも成功したっていうから、ぼくも喜んでいたんだけど。もしかして失敗しちゃったかな、ハハハ」

 まったく悪気がなさそうに笑った。子供っぽくて、性犯罪の臭いはしない。

「大川さんはあたしのこと、何か言ってましたか?」

「美人でかわいくて、だけどすれてなくて、引っ込み思案でおとなしい子だから押しに弱そう、とか。だけど、こうして見たところ、けっこう強気なところもあるみたいだね。とびきりの美少女だという点では翼に賛成だ。いまから遊びにいかない?」

「ナンパのつづきならやめてください。あたしは大川さんとデートするんですから。大川さんはとても素敵な人です。けれど、大川さんは女の子にすごくモテるので不安です。彼女になる人もつぎつぎに入れ替わってるらしいし。あたしのことだってただの遊びで、からかってるだけなのかも」

「まあ、そう思うよね」

 中村さんはあたしのセリフに押し殺したような笑いを漏らした。それから真面目な顔になって、

「だけど、翼はほんとにいい奴なんだ。あいつ、子供の頃に親が離婚してさ、すぐに再婚したんだけど、あたらしい母親には馴染めなくて、けっこう家庭環境で苦労してたらしいんだよ。けど、弱音は吐かなかったし、変にひねくれたりもしなくて、勉強もスポーツも頑張ってて、強い奴だなと思ったさ」

 そこで中村さんはあたしの反応を見るように間を置いた。

「確かに翼は女の子を取っ替え引っ替えしてるように見えるかもしれないけど、だからって女の子をもてあそぶようなことはしないよ。だいたい、あいつあれだけモテるのにまだ童貞なんだぜ。――あ、ゴメン」

「いえ」

「だからさ、もしもミホシさんが翼のこと、ちょっとでも気に入ってくれてるんだったら、本当のあいつを見てやってほしい」

 中村さんの話にウソやごまかしは感じられない。この人は光の当たる世界に生きている。本当に友達思いなんだろう。

 あたしはフウっと息を吐いた。

「大川さんには素敵なお友達がいるんですね。はい、事情がわかったので、電車での件は許してあげます。あたしをクソブスと言ったこともね。こうして普通に話してみれば、中村さんもなかなか魅力的な男子ですよ。悪ぶったナンパなんて似合いません」

 最後に中村さんを惚れさせるつもりの笑顔をつくり、「じゃあ、失礼します」と言ってその場を後にした。

 本当の大川先輩を見てあげてほしい、か。

 どうやら見えてきた。

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