ありがとね (03)Fin

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「わたしは雛子と違ってノンケだぞ」

「わかってるって。でもさ、あのとき美紗子に目覚めさせられたんだよね。女の子とするのもアリなんだ、って思った。突然、世界が二倍に広がったっていうかな」

甘い思い出に浸るような気分で言うと、美紗子がまた眉間にシワをよせて、

「あの小説のキャラはラストでヒロインをレズの世界に誘うことになるじゃないか。やっぱり、わたしがモデルなんじゃないのか?」

「その話題に戻るのかよ」

わたしは姿勢を正して握りこぶしを作ると、

「よし、わかった。あんたがそこまで言うなら、美紗子をモデルにした小説を書いてやるよ。そうだな……、いまここで起きていることをそのまま小説にするぜ」

「なんだ、そりゃ。文字どおりのヤマなしオチなしイミなしの内容になるだろーが。私小説は書かないんじゃなかったのかよ」

あきれた表情の美紗子に向かって不敵な笑みを見せた。

「フフッ。そろそろわたしも純文学に挑戦してもいい頃だと思ってたんだよ。作者のごく身近に起きたことを描く心境小説とか雰囲気小説とかいうやつね。ストーリーなんてなくていいんだ。ラストでとらのあなへ行って、あんたの作った同人誌の上にレモンを置いてくるシーンを描けば、一丁上がりよ」

「わたしの委託先はキャラクタークイーンだ。だいたい、わたしをモデルにしたってロクでもないキャラになるだけだろ」

「そんなことないさ。高校生のとき、友だちになってくれて、すごくうれしかった。サイトを立ち上げられたのも、あんたのおかげだし。いっぱいいっぱい感謝してる。美紗子のこと、愛してるよ」

美紗子は少しあわてた様子で、目をぱちくりさせた。

ほんとのこと言うとね、美紗子をイメージしたキャラは別の小説に登場させてるんだよ。友だちを助けるかっこいい女の子の役でね。

「もちろん、友だちとして好きって意味だ。変なこと考えるな」

「そそそうだよな。わかってるさ」

安心するのかと思いきや、美紗子は思いつめた表情でわたしを見つめた。

「なあ、雛子。さっき、ポーズモデルやってもいいって言ってたけどさ……」

「え? ああ、なに、やってほしいの?」

美紗子はテーブルに額がくっつくほど頭を下げて、

「お願い、ヌードモデルやってください。実はいま受けが縛られて陵辱される場面を描いてるんだけど、うまく描けないんだ。だから、その……、雛子のこと縛らせて!」

「SMじゃねーか! ビデオでやったことはあるけど、縛られて吊るされて鞭で打たれて、すっげー痛かったから、SMは嫌いなんだよ」

「痛くしないからッ。優しく縛るよ。M字開脚で亀甲縛りするだけ。バイブ入れたいけど持ってないから、そこまでは言わん」

「あたりまえだ! BLならバイブ入れるのはお尻の穴だろーが。わたしはアナルはNGなんだよっ」

ちょうどそこへウェイトレスさんがやってきて、料理のお皿をテーブルの上に置いた。会話を聞かれたはずだと思って、ふたりとも固まったけど、ウェイトレスさんはにっこり笑っただけで、離れていった。

美紗子が顔をあげて懇願するような目で見た。

わたしは、ふうっと息をついて、

「やっぱり、昼メシはお前のおごりだな」

「い、いいのか!? ありがとね。恩に着るよ。なんだか希望がわいてきた」

そう言うと、美紗子は店に入ってから初めての笑顔を見せた。

思わず笑ってしまった。希望。それこそ美紗子が高校時代に教えてくれたことだ。

「な、なんだよ」

わたしの思い出し笑いを誤解したのだろう。美紗子が不審そうに言った。ちょっとからかってやりたくなって、

「いやね、美紗子のせいで今度はSMの世界に目覚めさせられちゃうのかな、って思ってさ。やさしくしてよね」

手を伸ばして美紗子の手を握ると、美紗子は顔を赤らめた。

「ところでさ、美紗子は亀甲縛りのやり方、知ってるの?」

「雛子が知ってるだろ? え? 違うの?」

縛られるほうが縛り方なんか知るもんか。仕方ない。あとで一緒に解説本を買いに行こう。ロープも要るだろうし。

おわり

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