思わぬシビアな話題に、会話の方向を慎重にうかがっている様子の聡子が訊いた。県内有数の進学校である操の高校では、ほとんどの生徒は進学する。就職するのは毎年数人しかいない。
「まあ、そうなるだろうけど。実はまだ将来のこととか全然考えてなかったりして。でも、いま就職難でしょ。家計を助けたいから家事手伝いってわけにはいかないし。どうなるかわからないけど、だからいまのうちに勉強しておきたいかな。明日も放課後に矢萩先生と約束してるんだ」
「えらいね、相沢は」
大学でなくても勉強はできる、とはいったものの、そう簡単なものではないだろうと、操は思った。矢萩に教えてもらっているのは大学院レベルの数学だ。独学で勉強を続けるのは難しいだろう。最初のきっかけこそ矢萩に近づくためだった。でも、すぐに勉強することそのものが楽しくなった。卒業するまでのあいだにできるだけ学んでおきたいと思った。
「あたしさぁ、素粒子物理とか量子論とかに興味あるのね。この世界がどういうふうにできてるのか、って知りたいと思うもの。そういうのって、やっぱり数学が必要だし。宇宙が方程式で書けるとしたらすごくない?」
操が笑うと、聡子は顔をしかめて、
「すごいというか、うんざり、って感じ? わたしだったら就職するなら数学はさっさと捨てちゃうけどなー。そんなものより、わたしたち女子高生は恋愛に生きるべきじゃないかしら」
「そういや、聡子、バレー部の人に告白するとか言ってなかったっけ? その後、どうなったのよ」
と、真琴が水を向けた。
「ああ、ありゃダメだったわ。確かに最初はカッコイイなー、って思ってたんだけどね。部活の練習とか見に行ってたんだけどね。前から髪型に気を使ってんなー、とは思ってたんだけどね。で、気づいちゃったのよ。やたらと前髪をいじってるとこに。廊下を歩いてるときに、窓ガラスに自分を映して前髪直してんのよ」
「そのくらい誰でもするんじゃないの?」
操が言うと、聡子は操をにらみつけた。
「健全な男子はそんなことしないの。一日に何回もそういうことやってんのよ。一度気づくと気になってしょうがないわ。あれは絶対ナルシストね。そういうのはちょっと生理的に受け付けない。告白する前に気づいてよかったよ」
「まるで、告白すればOKしてもらえるのが当然とでも言いたげだね」
と、真琴が苦笑して、
「まあ、でも、そういう気持ちはわかるよ。すごく好きな人なのに、何かひとつがまんできないところがあると、その人の全部が気に入らなくなっちゃうこととかね」
「まるで、しょっちゅうそういう経験をしているとでも言いたげだけど」
今度は操がツッコミを入れた。真琴が不敵な笑みを返す。
「ふっふーん。まあ、しょっちゅうってほどでもないけどね。でも、あたしを満足させてくれる男はなかなかいないのよね」
「肉体的に満足させてくれる人がいないって? さすが大友さんはオトナでいらっしゃるわね」
「ばかね、聡子。人間的にってことよ、決まってるでしょ。どいつもこいつも、軽かったり、ガキだったり、馬鹿だったり。そのくせエッチなことは一人前に求めてくるんだから始末が悪いよ。付き合って一週間もすれば、うざいとしか感じなくなるもの。結局、男なんてみんなカラダが目当てなのよね」
「悟りきってるなー、真琴は。あたしは、そう悲観したものでもないと思うけどね。いつの日かたった一人の運命の人と愛で結ばれる、って信じてるし」
操が内心、もう運命の人に出会ってるんだけどね、と思いながらつぶやいた。それを聞いた聡子と真琴は顔を見合わせたかと思うと、二人とも吹き出した。
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