第4話 脅迫者の素顔 (07)
打つ手もなく、考える時間もないまま、午後になってしまった。
休憩で教室を出ていたとき、恵梨香先輩に声をかけられた。恵梨香先輩はひとりだったから、生徒会の仕事ではなく個人的に文化祭を見て回っているのだとわかった。先輩は言いたいことを必死に抑えているような複雑な表情を見せた。あたしは無理に笑顔を作った。
「けさは拓ちゃんとはどうでしたか?」
と尋ねると、恵梨香先輩は人差し指でほっぺをかきながら、
「いや、まあ、その、なんだ。あいつはいいヤツだからな。仕事を手伝ってもらえて助かった」
「それだけですか?」
「そ、それだけだッ」
先輩は顔を赤くした。それからすこしためらいがちに、
「その……、たぶん沙希は気づいているのだろうが、わたしは、つまり、その……、鳴海のことが……、好きなのだ」
「もちろん気づいてますよ。バレバレです」
あたしが笑顔で冷やかすと、先輩はいよいよ真っ赤になった。
「きみがいないところではうまく振る舞えるのだ。だから、同じクラスの連中は気づいていないと思う。もちろん鳴海本人もだ。だが、わたしは一年のときから鳴海のことをいつも見ていた」
「拓ちゃんはちょっと鈍いところがありますからね。だけど、お似合いだと思います。きっと恵梨香先輩のことを好きになってくれると思います。もし、あたしが恵梨香先輩の力になれることがあるなら、どんなことだって協力しますよ」
「きみはそれでいいのか?」
先輩の声のトーンが急に変わって、あたしはビクッとした。初めて会ったときに生徒会室で聞かされたのと同じ怒ったような口調だった。先輩は眉間にしわを寄せて、何か覚悟を決めた様子であたしをにらんだ。
「沙希、いまも言ったように、わたしは鳴海のことをずっと見てきた。きみを見つめるあいつの表情を見てきた。だから、わたしはかなりの確信を持ってこう思う。鳴海はきみのことが好きなんだと思う」
あたしは固まったまま表情を変えることもできずに先輩の目を見つめた。突拍子もないことを言われて唖然としたというわけじゃない。あたしは悲しかったんだ。言ってはいけないことを先輩が言葉にしてしまったような気がして、悲しかったんだ。
「わたしは鳴海に片想いしていることをきみに打ち明けた。だから、わたしには訊く権利があると思う。沙希、きみも本当は鳴海のことを好いているのじゃないのか?」
あたしはふうっと息を吐き出して目を伏せた。
「あたしは拓ちゃんのいとこです。好きか嫌いかって言ったら、もちろん好きですよ。でも、それは恋愛感情とは違います」
「わたしにはそうは思えない」
「兄と妹みたいなものだって言ったじゃないですか。拓ちゃんだってあたしのことを異性として意識してるわけないですよ」
「自分をごまかすのはやめてくれないか。わたしはずっと鳴海ときみを見てきたんだ。きみたちは互いに片想いだと思いこんでいるだけだとしか、わたしには見えない。いや、そうだとわかっていると言った方が正しい。なのにきみはわたしが鳴海とお似合いだと言う。これじゃ、わたしの立場がないじゃないか」
どう答えたらいいかわからず、しばらくうつむいたまま黙っていた。だけど、結局あたしに言えるのはひとつだけだ。
「あたしは拓ちゃんの彼女にはなれないです」
「いとこだから遠慮しているのか? 多少の風当たりはあるかもしれないが、大問題というわけでもないだろう?」
「そうじゃないんです。ただ、あたしは拓ちゃんの恋人にはなれないですし、なってはいけないんです。先輩が拓ちゃんの彼女になるなら、あたしはうれしいです」
「『恋人にはなれない、なってはいけない』か。つまりそれは、なれるものならなりたいということだろう? 何か事情があるのかも知れないが、きみが鳴海の恋人になっていけないわけがない」
「あたしのことはもういいじゃないですか」
「きみが態度をはっきりさせてくれなければ、わたしはあいつに告白することもできないんだ。もし鳴海のことを異性として考えていないというなら、あいつの前で思わせぶりな態度を取るのはやめてくれないか」
「あたしは……、そんな……」
恵梨香先輩の言葉があまりにショックで、それ以上の言葉が出てこなかった。膝がガクガクするのを感じた。
[援交ダイアリー]
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