異次元を覗くエステ (03)

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店内は外から見た感じよりもずっと広々としていた。ウッド素材をふんだんに使い、観葉植物がいくつも配された明るい室内は、まるできのう完成したばかりのように感じられた。

カウンターの向こうに白衣を着た女性がひとりだけいた。ドアを開けた彩香たちに気づくと、紋切り型の笑顔を浮かべた。

「いらっしゃいませ」

女性は二十代なかばと見え、ショートの髪をピンクに染めていた。愛嬌のある丸顔で、どことなくネコを思わせる。

「当店のご利用は初めてですか?」

「はい。それで、ボクたちスペシャル体験コースっていうのを体験してみたいんですが」

「承知いたしました。では、まずカウンセリングから始めさせていただきます。当店ではこちらの機器を使って自動でカウンセリングを行うんですよ」

女性店員はカウンターの上に載っている白い機械を示した。腕を通せるほどの円筒形の部分が付いていて、小型のレジスターくらいの大きさだ。どう見ても自動血圧測定器である。

「この筒のところに腕を通してください。袖をまくる必要はないですよ」

「こうですか?」

店員にうながされて、睦実が細い腕を機械に通した。

「はい、それで結構です」

「あのぉ、カウンセリングって、いろいろ質問したり相談したりするものじゃないんですか?」

彩香が尋ねると、店員は虚を突かれたような表情になった。しかし、すぐに何か思いいたったらしく、笑顔を取り戻した。

「そうですね。すべて全自動なのですけど、何もおしゃべりしないのも変ですよね。では質問です。あなたは男性経験はありますか?」

「え?」

予想外の質問に彩香と美緒は互いに顔を見合わせた。

「もちろんです。ボクがセックスした男は十一人もいます!」

睦実が答えると、機械のディスプレイに『0』と表示された。

「はい。あなたはバージンですね。ちゃんと正直に答えてくださいね。エステのコースを決めるのに必要な情報ですから。カウンセリングは以上です」

納得いかないと言いたげな顔で睦実は美緒と交代した。美緒は筒に腕を通すと、彩香の方に不安そうな目を向けた。それから大きく息を吐き出して女性店員の方に向き直った。

「男性経験はあります」

訊かれる前に美緒が答えた。ディスプレイには『1』と表示された。

彩香は意外に思うと同時に、がっかりしたような気持ちを覚えた。美緒は性についての話題を持ち出さないたちだった。美緒の態度から当然バージンだとばかり思い込んでいたのだ。どこかの誰かが美緒の美しい体を穢したのだと思うと、怒りさえ感じた。

最後に彩香が機械の円筒に腕を通した。店員がスイッチを操作すると、腕がきゅうっと締められ、しばらくするとゆっくりと緩んでいった。実際のところこれは本当に血圧測定器なのではないかと彩香は思った。

ディスプレイには『3』と表示された。

「さっすがー」

表示を見て睦実が感嘆の声をあげたが、彩香は苦々しい気持ちだった。男性経験三人。人生の汚点とも言える失敗の回数なのだ。

「はい。では、これでみなさんのカウンセリングがすべて終了しました。エステは素敵な大人の女性の方向けのコースと、かわいらしい乙女の方向けのコースに分かれています。ここからは別々になります」

「ボクも大人の女性向けコースを受けたいです」

「ダメですよ。バージンの方は専用に調整されたコースでないと。乙女の方はこちらへどうぞ。大人の方はあちらのドアを入ってください。ロッカールームがありますから、着ているものをすべて脱いで、先に進んでください。スタッフはいませんが、機械の案内がありますから大丈夫です。当店自慢の最新式のエステを堪能してきてくださいね」

店員はそう言い残すと、まだ納得いかない様子の睦実を連れて、店の奥へと姿を消した。

「なんだか変な店だと思わないか、美緒? スタッフはいないけど、とか言ってたぞ」

「全自動ということかしら? 最新式のエステってどんなのかしらね。ちょっとワクワク。とにかく、わたしたちも行きましょう、彩香」

彩香は肩をすくめると、先に立って店員に指示されたドアを開けた。

そこは広々としたロッカールームになっていて、壁に木製のロッカーがずらりと並んでいた。エステのロッカールームはたいてい狭いものだが、ここは彩香が通っていた女子高にあった更衣室より広い。同時に何人の客を受け付けるのだろうと思いながらロッカーを開けると、中はからっぽだった。

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