第16話 世はなべて事もなし (03)
あたしと蓮司さんは公園を出た。
四人の男たちはしばらく動けないだろう。スマホを取り上げたから助けを呼ぶこともできない。このあと雨が強まりそうだし、通りがかる人もいなさそうだ。誰か公園に来ても木の陰になってるから見つけてくれる人もいないだろうな。武士の情けで車はそのままにしておいてやろう。川口とスキンヘッドは腕を折られているから運転は無理。口ひげと小太りは顎を砕かれてるけど、痛みを我慢すれば病院まで行けるだろう。まあ、あたしの知ったこっちゃない。
「おい、沙希。いいかげんしがみつくのをやめないか。お前を襲った奴らはもう追いかけてきやしない」
「えー? あたし、蓮司さんのこと、ますます好きになっちゃったんだから、こんな気持ちにさせた責任取ってくださいよぉ。きょうのお礼に、あたしの若いカラダを好きにしていいんですよ? 抱いてください」
と、蓮司さんの腕にからませた手に力をこめる。でも、蓮司さんは嘆息しただけだった。これまでいくら誘惑してもあたしに手を出さない。ショウマのお手つきだから気に入らないってわけでもないだろうに。子供とセックスすることに興味がないっていうならそれも仕方ないけど、ホントのところ、あたしのことをどう思ってるんだろ。
嫌われてるってことはないはずだ。きょうみたいに力になってくれることもあるわけだし。それにしても、「マズイ女に手を出したな」か。正直、「よくも俺の女に手を出してくれたな」って言ってほしかったな。
「蓮司さんて、ケンカ強いですね。あれ、ボクシング? 学生時代とかにやってたんですか?」
「店の用心棒を雇うより安上がりだからな。お前も体を売るのはいいが、危ない目に遭わないよう、気をつけろ」
「うれしい。心配してくれるんだ。でも、どうして蓮司さんがあいつらを退治してくれたんですか? あたしが襲われたことに怒ってくれたんですか?」
蓮司さんは、やたらとなぜなぜと訊く子供にうんざりした父親のような目で見下ろした。
「もしもお前がなんとか仇を取ってほしいとショウマに頼んだとしたら、あいつのことだ、五秒で皆殺しにしかねない。古武術だかシステマだか知らんが、俺のボクシングと違ってあいつのは実戦向けだからな。そんなものに女子高生が関わるべきじゃない」
だったら俺がやった方がマシ、てことか。あたしはもう何も質問しなかった。ショウマが本当に殺し屋なのか訊きたかったけど、尋ねても答えてもらえないだろうし。
蓮司さんがあたしを大切に思ってくれてるだけでいまは十分だ。
蓮司さんはショウマのことを嫌ってるってマリアさんは言ってたけど、ショウマのことをそれなりに認めてるようにも思えた。住む世界が違う、どうあっても相容れない、そんなふうに考えてるのかな。
かく言うあたしはこのあとショウマと会うことになっていた。このところメンテナンスとしてちょくちょく呼び出される。あたしはショウマの手で調教され、セックス大好き少女として覚醒した。一度は放流されたけど、精神的にまだ危ういと判断されて、ときどき調整を受けているんだ。
ショウマが何を考えているのかはわからない。あいつはあたしのことを大切に思ってくれてるんだろうか。お気に入りの人形として大切にしてくれてるのは感じる。でも、女として、あるいは、人として大切にされてるわけじゃない。ショウマにはそういう人間らしい心はないのかもしれない。あたしもそんなものは期待していない。
ショウマに殺しの依頼をするにはいくら必要だろう。
本人に質問したら答えてくれるだろうか。
以前ならそんなことを訊いてみようとは思わなかった。そんなことが許されるとは思わなかった。けれど、いまのあたしにとって、殺人は問題解決のための現実的な選択肢だ。
で、思いきって訊いてみた。
「俺は殺し屋じゃあない」
と、にべもない。
「むう、マリアさんから聞いたよ。害獣駆除業者だって。アライグマとかを駆除してるわけじゃないんでしょ?」
「マリアが害獣駆除と言ったなら、まあ、そういうことだ」
「じゃあ、あたしが害獣駆除を依頼したら、いくらで受けてくれるの?」
「獲物の数と種類によるが、もしもお前が俺の扱っているタイプの獣を狩ってほしいというなら格安で受けてやろう。普通は女子高生に払える額じゃないがな」
微妙な言い回しではぐらかす。マンハントを依頼しても、そいつは取り扱ってない、と断られるのかもしれない。
「いいよ。害獣駆除なら自分でやるもん。人を殺すくらいわけない。ねえ、おとなになっても抱いてくれる? それとも高校卒業したら捨てられちゃうのかな」
「変わらないものなどありはしない」
「将来、あんたの仕事を手伝うことはできない? 仕事なら覚える――」
「家政婦なら間に合っている」
ショウマはあたしの口をキスでふさいで、ベッドに押し倒した。
[援交ダイアリー]
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