それでみんながまたはしゃぎだす前に、もう一度おおきな声を出さなきゃならなかった。
「あたしは! ……あたし、小学校の頃まで『鳴海沙希』って名前だったんだ。でも、うちの両親が離婚しちゃって、苗字が変わったんだ。だから……」
こんどは誰もチャチャを入れなかった。
拓ちゃんと恋人同士だったら、きっとすごくうれしいだろうな。だけど、実際は違う。拓ちゃんにだって好きな子はいるだろうし、拓ちゃんのことを好きな女の子だっておおぜいいるはずだ。
やっぱりあのサイトは何とかしなきゃ。でも、どうすればいい?
あたしが泣きそうなのをこらえてうつむいていると、三ツ沢さんが明るい声で言った。
「みんな、いま美星が言ったように、美星と鳴海先輩は親戚同士なんだ。恋人ってわけじゃない。つまり――、わたしたちにもチャンスがあるってわけさ!」
三ツ沢さんが笑うと、クラスの雰囲気が変わった。拓ちゃんとあたしが付き合ってるっていうのはデマだとわかってくれたみたい。
ほっとしたあたしに三ツ沢さんが近寄って、微笑みながらささやいた。
「ランキングサイトの件は生徒会に相談してみようよ。管理人は生徒の誰かのはずだし、盗撮とか許せないよね。あたし、生徒会の子に友達がいるから紹介したげる」
一瞬どうしようかと考えた。三ツ沢さんはあたしのことを本気で心配しているのではなく、助け合う仲間というキャラを作っているだけだ。
だからといって、ほかのあてもない。おせっかいだとしても、いまはありがたかった。
そういうわけで、その日の放課後、あたしは三ツ沢さんに連れられて生徒会室へ向かった。どこの教室も文化祭の準備に大わらわの様子だった。生徒会の人たちは特に大忙しなんじゃないだろうか。そう思うと、いまはタイミングが悪いような気がする。
生徒会室で三ツ沢さんの友達だという書記の人に紹介された。案の定、書記さんはなにやらプリントの仕分けで忙しそうだった。じきに生徒会長が戻ってくるからしばらく待っているようにと言われた。
数分すると、生徒会長の岡野恵梨香先輩がやってきた。
「相談ごとがあるというのはきみたちか? 文化祭のことについてかな?」
「いえ、あの、文化祭のことじゃないんですけど。学校裏サイトのことで、この子が困ってて、なんとかできないかと思って……」
三ツ沢さんがそう答えると、岡野会長はあたしの方を一瞥した。そのとたん、会長の目がきびしくなった。あたしはやはり迷惑だったかと思って、
「あの、お忙しかったら、いまでなくても――」
と言いかけると、会長がそれをさえぎった。
「いや、ちょうど仕事も一区切りついたところだ。話を聞こう。あとは相談者とふたりきりで話すから外してくれないか」
会長は三ツ沢さんにそう言ったあと、書記さんにいくつかお使いの指示を出した。ふたりが部屋を出ていくと、あたしと生徒会長だけになった。
岡野会長はあたしより背が高い。ストレートのロングヘアはあたしより長く、腰まで垂れている。ダークブラウンに染めてるあたしと違って艶のある黒髪だ。
緊張しながら相談を切り出そうとすると、岡野会長が先に口を開いた。
「一年の美星沙希さんだな? 鳴海の彼女の」
「そ、そんなんじゃないです。あたしは拓ちゃんとは何でもなくて――」
なんで生徒会長があたしのフルネームを知ってるの?
驚いてしどろもどろになってしまった。
たぶん会長もあのサイトを見たんだろう。それで同じクラスの拓ちゃんが一年生のあたしと恋人同士だと思い込んでいるのだ。
「何でもないのに『拓ちゃん』と呼ぶのか? 鳴海もきみのことを『沙希』と下の名前で呼んでいるだろ。別に恋愛は悪いことじゃない。高校生らしい交際ならな。そんなに恥ずかしがって否定することもないだろう」
会長は機嫌が悪いのか、怒りをにじませていた。仕事が忙しくてピリピリしているのかもしれない。
「やっぱり出なおしてきます。文化祭直前に無関係なことで煩わせてしまって申し訳ありませんでした。でも、拓ちゃんとはほんとに付き合ってはいないんです。美少女ランキングに書かれていることはぜんぶデタラメです。ほんとにすごく迷惑なんです。あたしだけならともかく、あたしなんかが彼女だって噂になったら拓ちゃんに迷惑がかかります。それで、あたしはあの裏サイトを何とかできないかと思って相談にきたんです」
あたしが言い終わると、会長は困ったような顔をした。
「すまない、ちょっとよくわからないのだが。美少女ランキングとは何だ? どこからそういう話につながるのだね?」
「ご存知だったんじゃないんですか?」
知らないんだったら、どうしてあたしが拓ちゃんの彼女だなんて言い出すんだろう。それにあたしの名前を知っていたし。前からあたしのことを知ってたんだろうか。
「知らない。裏サイトだと言ったな。詳しく話してくれないか」
「じゃあ、まずこれを見てください」
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