留美たちが保健室の前に着いたとき、さやかが冴子先生を連れてきた。手には優奈の上履きを持っている。
冴子先生は保健室ではなく職員室にいたという。髪をポニーテールにして、白衣をラフに羽織っていた。すでにさやかから事情を聞いているらしく、何も訊かずに優奈を保健室のベッドに寝かせた。
保健室に来るまでのあいだ落ち着いているように見えた優奈は、ベッドに横たわるとすぐに壁のほうを向いて、掛け布団を頭から被ってしまった。布団の中からすすり泣きが漏れてくる。
「優奈……」
さやかが声をかけると、優奈は布団ごと体を丸くして拒絶した。
「秋田さんが落ち着くまで、待っていましょう」
と、冴子先生が留美たちを下がらせ、ベッドのカーテンを閉めた。
「千葉さんから話は聞いたけれど、一応、あなたたちからも話してもらえるかしら」
そう冴子先生が小声で言った。留美は優奈のほうを気づかいながら同じように小声で、佐賀と優奈のやりとりを自分が見たままに説明した。大げさな表現や憶測を混じえずに、事実だけを語るように注意した。というのも、冴子先生は何か事情を知っているように感じられたからだ。
照美は、自分は何も見ていない、と言った。留美たちが優奈をいじめていたわけではないのだ、という点については納得したようだ。
話を聞き終えた冴子先生は、しばらく考え込んでいたけれど、やがて大きくため息をついた。
「秋田さんの保護者の方に連絡するわ。できればお迎えにきてもらえるといいのだけど。先生は職員室に行って電話してくるから、あなたたちは秋田さんのそばについていてあげて」
その言葉に留美はショックを受けた。優奈の様子が普通ではないのは見ればわかるが、親に迎えにきてもらうほどの大事なのか。
冴子先生が保健室を出ていくと、留美とさやかは黙ったまま顔を見合わせた。それから優奈が泣いているベッドのほうを見やり、ついで反対側に頭をめぐらせて照美の顔を見た。ふたりに見られて、照美は目を伏せた。
「何か知ってるんだろ? 話してくれないかな」
留美が訊くと、照美は首をすくめた。
「優奈と佐賀に何があったんだよ?」
照美の態度に腹立たしげにさやかが詰め寄った。
「なんにもないわ。あのふたりには」
照美がぼそりと言った。
引っかかる言い方だな、と思った留美は、
「じゃあ、あんたと優奈はどういう知り合いなんだ? さっき、優奈とは同じ中学だって言ってたよな。でも、優奈は県内の中学の出身じゃないぜ。あんた、どこの中学から来てんの?」
「伊賀崎」
「伊賀中だったら、優奈とは違う中学じゃん」
「なんでウソつくんだよ?」
割り込んださやかを照美が睨んだ。
「ウソじゃない」
「優奈は県外出身だって言ったろ」
「だからっ。わたしも県外から越してきたのよ、中学二年生のときに。転校する前の学校では、秋田さんとは同じクラスだったの。偶然、高校で再会したのよ」
そういうことか、と留美は合点した。
照美は知らない女子に問い詰められたせいか、泣き出しそうな顔で目をそらした。その様子にさやかはばつが悪そうに、
「なんだ、そうだったのか。ウソつき呼ばわりして悪かったよ」
照美が黙ったままなので、留美とさやかはまた顔を見合わせた。場を仕切りなおそうと、留美が椅子に座るよう促した。照美は優奈のいるベッドから一番遠い壁際のすみっこにあった丸椅子に腰を降ろした。ずいぶんと疲れた表情に見えた。
留美とさやかは近くにあったパイプ椅子を引き寄せて、照美のそばに座った。
「それで、話は戻るんだけど……、何か知ってるんなら教えてくれないかな」
[夏をわたる風]
Copyright © 2010 Nanamiyuu