目立たない女 (01)

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電車は嫌いだ。混んでいるときに乗ると、いつも痴漢に遭うからだ。

「おっぱい大きいねぇ、キミ」

背後にいる男の人が耳元でささやいた。カーディガンの下に手を入れられて、ブラウスごしに胸を揉まれている。勃起したアレをお尻にぐりぐりと押し付けられた。

黙ったまま、うつむいて震えていることしかできない。

休日の昼間で、列車の中は乗客でいっぱいだ。わたしはドアの近くに立っていた。前の駅で乗った中年の男性が、すぐにわたしに触ってきたのだ。

痴漢の手がわたしの股間に触れた。ロングワンピースだから中に手を入れられたりはしないとは思うけど、怖くてたまらない。以前、ジーンズをはいていたときには、ファスナーをおろされてパンツの中に手を入れられたことがある。そういう凶悪な痴漢もいるのだ。

「いい匂いがする。すっごいカワイイよ。よく言われるでしょ」

わたしが何も言わずにじっと耐えているので、痴漢は大胆になってきた。抱きしめられて胸を揉まれ、股間をいじられた。逃れようともがくけれど、怖くて力がでない。

痴漢が怖いのは、がまんしていれば触られるだけですむと思えてしまうところだと思う。ほんの数分のことだ、触られるだけで別に犯されるわけじゃない。そうしてがまんしているうちに、行為がエスカレートしていくのだ。

耳たぶを舐められた。わたしはたまらず、

「やめて……」

と、ほかの乗客に気づかれないよう、小声で訴えた。

「次の駅でおりてホテルに行こうよ」

ぞっとした。一年前、高校を卒業したばかりの頃のつらい初体験の記憶がよみがえった。あんなこと二度とゴメンだ。

「……友達と待ち合わせしてるんです」

「じゃあ、その友達も呼べばいい。こっちも男を呼ぶからさ」

冗談じゃない。友達をそんなことに巻き込むわけにはいかない。わたしはそのまま痴漢を無視した。もうすこしだけがまんすれば――。

電車が次の駅について目の前のドアが開くと、わたしは早足でホームに飛び出した。目的地はまだ先だけど、とりあえず逃げることだ。

ところが痴漢もあとをついてきた。しつこい男だ。改札を出たところで、抱きつかれた。

「ホテル行こう。何もしないからさ。ホテルの部屋でビールでも飲みながらビデオ見ようよ。ほんと、それだけだから。お願い」

笑いながらなれなれしい口調で言う。まわりにいる人たちは誰も助けてくれそうにない。傍目には男女がじゃれあっているように見えるのだろう。吐き気がする。

「やめてください」

わたしは男を突き放すと、走って駅を出た。男が追ってくる。ふりかえらず、駅前の商店街の雑踏に逃げ込んだ。

まだ安心はできない。わたしはたまたま目に止まった雑貨屋のドアを開けて、店内に入った。ドアごしにそっと様子をうかがうと、さっきの男が店の前を通りすぎていくのが見えた。もどってくる様子はない。

ようやく緊張が解けた。ほっと息をつく。念のため、しばらく店の中に隠れていたほうがいい。

店内は狭くて薄暗かった。エスニック風だったり現代アート風だったりの、さまざまな小物が雑然と棚に置かれていた。奥のカウンターには店主らしいお爺さんがすわっていて、じっとこちらを見ている。

なんとなく何も買わずに出ていくわけにはいかない雰囲気だ。しかたなく、商品を見ながら店内を歩いた。

ふと、棚の上のメガネが目についた。なんの変哲もない黒縁の伊達メガネだ。

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