ピンクローターの思い出(04)

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 仕事から戻ってきた母親に発見されたときのことは覚えていない。病院に連れて行かれたり、婦人警官が何か話しかけてきたりしたことを断片的に思い出せるだけだ。学校に行くと言い張ったらしいが、三学期の残りは全休することになった。

 三人の男たちは春休みの間に逮捕された。

 母親はしばらく仕事を休み、一日中まどかのそばにいてくれた。まどかは感情の起伏をほとんど見せず黙りこくっていたが、もともと普段からそんな感じだったので、生活はそれほど変わらなかった。食事は普通にとれたし、夜も眠れた。

 ただ、本を読む気にはなれず、何もせずに畳に寝転がって窓からぼんやりと空を見つめて過ごすことが多くなった。

 母親は「ほかの子たちより一足先に大人になっただけ」と言ってまどかをなぐさめた。同じ言葉を犯人の男にも言われていたのだと思うと、母親のことも信用できなかった。

 まどかの様子が深刻なものではないと判断した母親は、また夜の仕事に出るようになった。

 やがて春休みが終わり、六年生になったまどかは始業式の日から登校した。クラス分けを見ると、雄太とは同じクラスになれていた。喜んだ一方で、優子も同じクラスだと知って落胆した。

 犯人が逮捕されたときはテレビでも報道されていたが、女子児童を乱暴したという容疑だけが伝えられ、事件そのものは概要すらも明かされていなかった。まどかが性犯罪の被害に遭ったことは学校の誰も知らない。

 雄太は五年生のときと同じ調子でまどかに話しかけてきた。三学期末に学校を休んでいたから心配した、もう大丈夫そうで安心した、最近はバローズの火星シリーズを読んでいるんだ、などとニコニコしながら言った。まどかは言葉少なにボソボソと返事をしただけだった。しかし、まどかとの会話は前からそのような調子だったので、雄太は特に違和感を覚えることもなかったようだ。

 まどかはクラスのほかの子と言葉を交わすことはなかった。授業にも身が入らなかった。休み時間もひとりでボーッとして過ごした。

 ローターはあの日から動かなくなってしまい、オナニーもしていなかった。

 何もする気が起きない。頭の中に霧がかかっているようで、楽しいとか悲しいとかいう気持ちは湧いてこない。週に二回か三回、雄太と短い会話をする。そのときだけは少しだけ心が柔らかくなるのを感じた。まどかの心は溺れかかっていた。雄太との会話は、苦しみ足掻いてかろうじて水面に顔を出し、ほんの少しの空気を吸うようなものだった。それだけがまどかの生きる糧となった。

 四月も過ぎ去ろうとする頃のことだ。まどかの席の近くにいたクラスの女子の何人かが恋バナで盛り上がっていた。そのうちの一人が同学年の彼氏とファーストキスを経験してしまったと打ち明けた。女の子たちは大騒ぎになり、夢中でキスの話を始めた。意識せずとも聞こえてくる会話の内容に、まどかは小さく震えながら脂汗を流し始めた。そしてある時点でキスという単語の回数がまどかの致死量を超えた。

 こみあげてくる吐き気に両手で口を押さえ、その場を離れようと席を立った途端に足がもつれて床に倒れた。

 自分の体に何が起きたのかわからないまま保健室に運ばれ、ベッドに横たえられた。最初に思ったのは妊娠してしまったのではないかということだった。病院で避妊処置を受けていたものの、本当に大丈夫なのかは確信が持てていなかった。

 ただ、きっかけになったのが「ファーストキス」という単語だということはわかっていた。自分にはもうファーストキスの瞬間は永遠にやってこないのだという絶望。このカラダに染み付いた汚れはもうどうやったって拭い取ることはできない。

 まどかは布団にもぐってすすり泣くだけだった。

 そうこうしているうちに保健の先生がやってきて、まどかが出血していることに気づいた。この日、まどかは初潮を迎えたのだった。

 先生は生理と女性の体について、授業で習ったのと同じような話をした。いたわるようなやさしい口調だったが、まどかは怖くてたまらなかった。このさき急速に男たちの性の対象として成熟していくことになるのだ。

 漠然とした不安はすぐに現実のものになった。初めての生理から一週間もたたないうちに、まどかはふたたび強姦された。相手は母親の新しい恋人だった。

 その日、学校から帰宅したあと、いつものように布団に寝転がって窓から空を見ていた。そこへ母親が男を連れて戻ってきた。三十歳の母親に比べてもずいぶんと年上に見えた。母親は男に娘を紹介すると、アパートを出ていってしまった。

 まどかは怖くなって部屋の隅にうずくまった。

 男は部屋を物色し、壊れたローターを見つけて手に取った。

「まどかちゃんはもうセックスしたことあるんだって? 気持ちよかったかい?」

 全身の毛が逆立つような感じがした。まどかは貝のようにぎゅっと縮こまった。

 男はしゃがみこんでまどかの肩に手を置いた。

「学校の友だちは知らないんだよね。先生も。まどかちゃんが大人の男とセックスしていることを友だちが知ったらどうなるかな? そんなのはイヤだよね?」

 友だちなんかいない。しかし、雄太や優子に知られるのは死んでもイヤだった。

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