第7話 恋の家庭教師 (16) Fin

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「沙希!」

快斗くんは怒っていた。泣きそうな声だ。

「俺は沙希のことが好きなんだ。誰に何を言われても気にしない」

「あたしが気にするよ。お母さんの言うことが正しい。あたしは快斗くんの彼女にふさわしくない。お医者さんになるんでしょ? あたしは邪魔になるだけ。きみならもっと素敵な恋人ができるよ。だから……」

「沙希以外の子なんて考えられないよ。医者なんてならなくてもいい。俺は――」

「これ以上あたしをイジメないでよ!」

あたしの剣幕に快斗くんがビクッとして動きを止めた。

「快斗くんのことが好き。好きだから、この恋をおわりにするの。住む世界が違うんだよ。いつかきみにもわかる。だからいまは笑顔で見送ってよ」

あたしは泣きながら足早に玄関へと向かった。

最後に快斗くんを振り返って、むりやり笑顔を作った。

「これが恋の家庭教師として快斗くんに教える最後のお勉強。失恋の痛みだよ。乗り越える方法は宿題にしておくね。あたしにもわからないから」

こうして、あたしは用意された車に乗り込むと、松田邸をあとにした。

松田夫人にもらった封筒はハンドバッグに入れた。数えてみると百五十万円が入っていた。童貞クンとセックスした成功報酬か。まさしく性交報酬だ。

あたしはとなり町の駅まで乗せていってもらい、そこで車を降りた。

あたりを見回して黒のコルベットを探した。

いた。

あたしはゆっくり歩いて車に近づき、運転席側のドアにもたれた。窓が開いて、ショウマが顔をのぞかせた。

「半年ぶりに再会したからって、二日連続で俺を呼び出すとはな。いつでもヒマってわけじゃないんだぞ」

「ごめんね、ショウマ。あんたが久しぶりにあたしを抱きたいだろうと思ってさ。一日レンタルで十万円でいいよ。きのう協力してもらったから、サービス価格にしてあげる。あたしのフェラチオが上達したかどうか、試してみたくない?」

ショウマは鼻を鳴らしてあたしをにらんだ。

「お前、ずいぶんとたくましくなったな。最初に会ったときはもっとオドオドして自信のない女だったが」

「ショウマにいろいろ教えこまれたからね」

「きのうのあの少年だが、男気のあるなかなかいい男子だったじゃないか。俺にあんな悪役をやらせて、お前が援助交際をやってることを暴露させたのはどういうわけだ。彼氏と別れたかったのか?」

「あの子はお客だよ。正確には、あの子のお母さんに買われたんだけどね。息子の筆おろしをしてほしい、って。それで恋人ごっこをしてあげたわけ」

ショウマは露骨に嫌そうな顔をした。そんなバカ親がいるのかと言いたげだ。それを見てあたしは笑った。

なんとなく空を見上げて、快斗くんとすごした時間を思い返した。

いい人だったな。男らしいところも見せてくれたし。あの調子でがんばれば、彼女のひとりくらいすぐにできるだろう。

快斗くんみたいなタイプは、恋人になったからといってすぐに体を求めてきたりはしない。こっちから露骨に誘ったりしたら、ヤリマンのバカ女と思われて敬遠されてしまう。といって、その気になってくれるまで何ヶ月も交際をつづけるわけにはいかない。

だから、セックスしても大丈夫な相手だと思わせる必要があったんだ。

それで梨沙にショウマの連絡先を聞いて、協力してもらった。

「沙希。お前、あの少年のこと、まんざらでもなかったんじゃないのか?」

「ばか言わないで。あたしはただ、あの子に夢のような恋愛体験をプレゼントしてあげたかっただけ。あたしは体を売ってるんじゃない。夢を売ってるんだ。で、どうするの? あたしを買う? 買わない?」

ショウマは笑いを噛み殺しながらあたしを見上げた。

「乗れよ」

あたしは助手席側にまわって車に乗り込むと、ショウマにキスをした。

それにしても、快斗くんとの恋はどこまでが演技だったのかな。

自分でもわかんないよ。

第7話 おわり

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