失恋パンチ (01)
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突然の別れ話だった。
午後のホームルームのあと、天音由香は恋人の桐原武一に校舎裏に連れ出された。そこで、俺と別れてほしい、と告げられたのだ。
「意味わかんないんだけど」
由香は戸惑いながら言った。
梅雨のねっとりとまとわりつくような湿った空気が不快感を増した。
空手部に入っている武一は、大柄で筋肉質の体つきをしていた。端正な顔立ちでスポーツ万能、成績もよかったが、寡黙で近寄りがたい雰囲気がある。女子と口をきくことはほとんどない。押さえつけられたら逃げられない、という気がして、そばにいるとちょっと怖くなるようなタイプだった。
「お前とはもう終わりにしたい」
もともと笑顔をめったに見せない武一だったが、いまはいっそうこわばった表情だった。それで由香も、武一が慣れないギャグを言っているわけではないのだと認めるしかなかった。
「意味、わかんないよ。なんでそんなこと言うの?」
「ほかに好きな子ができたんだ」
ぶっきらぼうに答えた武一に、由香はひきつった笑いをもらした。
「はあ? なにそれ。あんた、あたしから告白されるまで女っ気なんてぜんぜんなかったくせに、なに寝言言ってんのよ」
告白したりされたりというのは由香がはじめてだ、と武一から聞かされていた。女子のあいだではそこそこの人気があった。本人は女子と話すのが苦手で、女子の側からも話しかけにくいところがあったから、武一に好意を持っている女子も、遠巻きにしているしかなかったのだ。
「一時の気の迷いでしょ? やめてよ。告白したって、どうせフラれるよ」
「その子とはもう付き合ってるんだ」
武一の言葉の意味が由香の体に浸透するまで、しばらく時間が必要だった。由香は息をするのも忘れて、恋人をにらんだ。
「ふ、ふたまたじゃないの!」
それ以上、声が出ない。
体中が熱くなった。髪がチリチリする。
「お前にはすまないと思っている。俺のことを嫌いになってくれてかまわない」
信じられなかった。裏切られたことより、『不器用ですから』などと言いそうなキャラの武一が、ふたまたをかけていたことがだ。
それから無性に腹が立った。ほかの女とふたまたかけられていたのに、自分はそのことにまったく気づかなかった。それがなにより腹立たしい。
「誰よ? あんたをたぶらかした女って誰? あたしの知ってる子? 言いなさいよ。どこのどいつよ!」
「そんなこと聞いてどうするんだ」
「あたしが直接、その女と話す」
由香は武一に気のありそうだった女子の顔を何人か思い浮かべた。
(あいつらであるはずがない。武一があたしを捨ててあいつらを選ぶわけがない。じゃあ、誰だ)
誰かを探すように無意識に周囲に視線を走らせた由香は、ひとりの女生徒が遠くからこちらをうかがっているのに気づいた。武道場へと続く渡り廊下の柱のかげから由香たちを見ている。由香と目が合うと、女生徒は向こうをむいてしまった。
(あいつだ)
由香は直感した。
三木本奏。二年生から同じクラスに転入してきた生徒だ。
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