由香は水着姿で更衣室を飛び出した。校舎まで走り、手近な出入口から中に入った。昼休みで、廊下には生徒たちが大勢いた。
恥ずかしくてたまらなかった。
肩に羽織ったバスタオルの端を両手で胸元に引き寄せた。知らない生徒たちがじろじろ見ている。由香の教室にたどりつくまで、十以上のほかの教室の前を通らなくてはならない。由香は裸足で駆け出した。
さっき奏が水着のまま出ていこうとしたとき、バスタオルで隠そうともしていなかった。由香の前だったから、弱みを見せまいとしたのかもしれない。あのまま放っておいたら、奏は堂々と歩いて教室に行ったのだろうか。武一がいてくれる、ただそれだけで、そんなに強くなれるのか。
由香は泣きそうなのをこらえて、生徒たちのあいだをすり抜けて走った。みな、由香を見て何か言っているが、耳には入らなかった。とにかく早く教室にたどりつきたかった。
ようやく自分の教室の前まで来ると、勢いよく戸を開けた。
「倫子!」
すばやく教室内を見渡して親友を見つけると、走りよった。
「由香、なんであんたが水着なんだよ」
「そんなことはどうでもいい! 三木本の制服はどこだ」
奏の席に制服は置かれていた。それをつかむと倫子に詰め寄った。
「お前がやったのか、倫子?」
「そうじゃないけど、なんで由香が文句言うんだよ。あいつはこれくらいされて当然だろ。だいたい、あんたがいちばん三木本を憎んでるんだろーが。なのに、どうして由香があいつをかばうんだよ」
「それはこっちのセリフだ、ばかやろう! なんで、あたしが三木本の味方をしなきゃならねーんだよ。いいかげんにしろ!」
倫子は戸惑いながら舌打ちした。
「わけわかんね。みんなあんたの味方なのに、何様のつもりだよ。おい、由香。お前、さっき、あたしを殴るとか言ってたよな。やってみろよ」
「あたしはいじめはやめろって言ってるんだよ。そういうのは見過ごせないたちなんだ。三木本をいじめるなら、あんただろうとぶん殴る」
倫子が言い返そうとしないので、由香は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「お願いだ、倫子。これ以上、あたしを悪者にしないでくれ。これ以上、あたしに三木本をかばわせないでくれ。あたしは本当につらくてたまらないんだ」
由香は涙を浮かべて懇願した。
倫子は何も言わなかったが、由香はとにかく早く着替えに戻りたかったので、奏の制服を持って、また廊下に出た。
そこで、武一と鉢合わせした。武一は驚きと戸惑いと怒りとが混じった目で水着姿の由香を見た。授業が終わったのに戻ってこない奏を心配して探しに行っていたのだろう。女子更衣室には入れないから、諦めて戻ってきたにちがいない。
由香は武一の横をすり抜けて、走りだした。
来るときと同じだけの恥ずかしさを、もう一度味わわなければならない。劣情の混じった好奇の視線に耐えなければならない。馬鹿な女だと陰口をたたかれるだろう。
自分がするべきだと思ったことをした。でも、納得感は得られない。ただ、悲しいだけだった。
更衣室に戻ると、制服を奏に投げつけた。由香は部屋のすみにうずくまって、涙をぬぐった。
奏が水着を脱いだ。由香がさっきしたように裸体をさらした。きれいな体だった。武一と奏が裸で絡み合う映像が浮かんで、由香は目を背けた。奏は体を拭くと、下着と制服を身につけた。
「天音さん、さっき言ったことはすべて取り消します。ひどいことを言ってごめんなさい。できることなら、わたしは天音さんと友達になりたい」
「無理に決まってるだろ! 着替えおわったなら、さっさと出てけ!」
奏は悲しそうにため息をついた。
「制服、取り返してきてくれて、ありがとう」
奏の口調は穏やかで、さっきまでの憎悪はなくなっていた。いじめの首謀者が由香ではないのだと納得してくれたのだろうが、それで由香の気持ちが晴れるわけではなかった。
奏は由香に頭を下げると、更衣室を出ていった。
[失恋パンチ]
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