ないしょのお兄ちゃん (03)

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愛良の気持ち

「おはよー、柚木さん」

校門のところで背後から声をかけられた。振り向くと同じ一年生の女子が小走りに近づいてくる。

「あ、おはよう、山下さん」

山下さんはニコニコしながらあたしにならんで、

「その風呂敷包みの荷物、なあに?」

と訊いた。

「お兄ちゃんのお弁当。けさ、あたしがお弁当作る前に出て行ったから」

「え? お兄さんのお弁当も柚木さんが作ってるの?」

「そうだけど。別におかしいことないでしょ?」

山下さんとはクラスが別だけど、同じ中学出身の友達だ。あたしと壮一郎が兄妹だと知ってる生徒はたぶんこの子だけ。一年生で同じ中学から来てる子は山下さんだけだし、上級生でも知ってる人はほとんどいないと思う。

その山下さんだって、もちろんあたしの壮一郎へのラブな気持ちは知らない。

「いやいやいや、お兄さんのお弁当まで作ってあげる子なんていないでしょ。柚木さんて、ひょっとしてブ、ラ、コ、ン?」

「ブラコン言わないで」

山下さんが冗談で言っているのは口調からわかった。もっとも、あたしはブラコンとしてはかなりの重症だから、こんなふうにからかわれると胸の奥がチクチクする。

「まあ、柚木せんぱい、かっこいいからなぁ。コワモテでちょっとアンニュイなところがあって、だけど本当はやさしくて。中学のときはけっこう暴れてたし怖そうな感じもあるけど、そこが魅力だよね。チャラいところがなくてさ」

「いっしょに暮らしてたら、そんなふうには見えないけどね」

と、あたしはけさの壮一郎の寝言を思い出して言った。

「お兄さんって、誰かれ構わずモテまくるというより、一部のものすごく熱心なファンがつくタイプだよね。そういうのをウザイと思いながら、自分が好きになった相手のことはものすごく大事にしてくれそう。わたしもファンだったけど」

「夢見すぎ。それに彼女がいるって素振りはないなぁ」

「高校生なら付き合ってる人がいてもおかしくないけど。まあ、お兄ちゃんラブな妹からすれば気が気じゃないかもしれないね」

「そんなんじゃないってば!」

あせって否定するとかえって気持ちを悟られてしまうかもしれない。そう思ってあたしは口をつぐんだ。

「ごめんごめん、冗談だって」

と、山下さんは笑いながら頭をかいて、

「わたしも弟がいるけどさ、マンガやアニメならともかく、家族なのに恋愛しちゃうとか、あまつさえいやらしいことまでしちゃうとか、ありえないでしょ。ブラコンなんて現実にいたら気持ち悪いよね」

「そ、そうだよ。そのとおりだね」

くぅぅ。

実を言うとあたしはファーストキスは壮一郎にささげたいと思ってる。

そこまで思ってる。

だけどやっぱり、そういうのって世間的にはキモチワルイんだね。

それはまあわからないではないのだけど――。

妹がお兄ちゃんにお弁当を作ってあげるだけでもおかしいことなのかな?

それもブラコンになっちゃうのかな。

あたしは山下さんと別れて自分の教室に入り、荷物を置いた。

(そうは言っても、お弁当は渡してこなきゃ)

壮一郎の教室は四階で、入学したばかりの一年生であるあたしは校内のそのあたりに足を踏み入れたことがない。上級生ばかりであふれた一角にひとりで行くのはさすがに緊張する。だけど、ホームルームが始まる前に終わらせないと。

あたしはお重――といっても一段だけだけど――の包みを両手に持って、三年生の教室に向かった。

補習授業はもう終わっていて、廊下に出ている生徒もいた。誰とも目を合わせないよう、そのあいだを野うさぎのように早足ですり抜けた。

教室のうしろの出入口から中をのぞくと、壮一郎が席についているのが見えた。前の席の男子生徒と話してる。

そこではたと固まった。どうやって渡せばいいの? 『お兄さんのお弁当まで作ってあげる子なんていないでしょ、柚木さんてブラコン?』という山下さんの言葉が頭の中でこだました。作ってるときは壮一郎をびっくりさせてやろうと意気込んでいたのだけど、もうすっかり消沈してしまった。もしかしてあたしはとんでもなくバカなことをしてるんじゃないかしら。

「どうしたの? 誰かに用事?」

「ふぎゃッ」

不意に声をかけられて踏んづけられたネコのような声をだしてしまった。

見ると三年生の男子生徒が戸口のところであたしを見下ろしている。

「あ、あの……、ゆ、柚木せんぱいに……」

緊張してうまく動かない口で何とかそれだけ言えた。すると男子生徒は教室の中に向かって大声をはりあげた。

「おーい、柚木ィ。お前にお客さんだぞ。一年生の女子」

「あ、ちょ、ちょっと……」

そんなに大きな声で呼ばないでください! と思う間もなく、教室にいた全員があたしの方を見た。

ほっぺたが熱い。

壮一郎はあたしの姿を認めるとすぐに廊下に出てきた。

あたしはその場の雰囲気に完全に飲まれてしまいガチガチに固まっていた。壮一郎の顔を見ることすらできなかった。妹が兄にお弁当を渡すだけだというのに、それでさえブラコンと思われてしまうとしたら……。

「ゆ、柚木せんぱい、あの……、お、お弁当……作ったので……! 食べてください!」

そう言いながら、風呂敷包みを差し出した。

もう他人のフリするしかないじゃん。

「お、おう……」

壮一郎はわけがわからない様子で包みを受け取った。

「そ、それと……、きょうの放課後……待ってますから」

お母さんたちにあげるプレゼントをいっしょに買いに行く約束を壮一郎が忘れてるかもしれないと思って付け加えた。

よし、任務完了!

あたしは逃げるようにその場を離れると、一目散に階段を駆け下りた。

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