第11話 恋のデルタゾーン (08)

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「大学は無駄かもしれないけど、一流大学卒の肩書は就職のときに有利になるでしょ」

「俺は親父の会社を継ぐことになっているから就職は関係ないんだ。事業内容は魅力的だし、意味のある仕事だと思う。ただ、親父の後を継ぐっていうのがおもしろくない。俺は自分で親父とは違うビジネスをやりたいし、そのためには学歴なんかよりもっと違う力を身に着けなきゃならないと思ってる」

「留学するんだ」

「わからん。海外に出たいが、NGOみたいなのでもいいと思うし。だから、まだ何も決めていない。先生にはいまみたいな話をして、進路は未定だって提出したんだ」

「むちゃくちゃだなぁ、岩倉くんは」

「別に笑ってもいいんだぜ」

「笑わないよ。ていうか、すごいと思う。うん、すごい。デタラメだけどすごい」

 あたしは本気でそう思った。その気持ちは岩倉くんにも伝わったと思う。かすかに笑って、また兵器図鑑に戻った。

 でも本当に社長になるつもりだったんだ。オーナー社長というのは中小でもお金持ちだ。上場してる大企業の取締役なんか目じゃないくらいに。百万、二百万をポンッと出してくれる。男として魅力的な人はあんまりいないんだけどね。

 岩倉くんが社長になったらどうかな――。

(って、なんてはしたない想像してんだ、あたしは)

 あまりに恥ずかしくて両手で顔をおおった。

 図書委員会とカウンター当番の時間が終わって、今週はいつもそうしているように岩倉くんといっしょに帰ろうとした。岩倉くんは自転車通学だけど、徒歩通学のあたしに途中まで付き合ってくれる。ところがこの日は校門近くまで来たとき、突然、「きょうは用事があるから先に帰るわ」と言い残して、あたしの返事も聞かずにさっさと自転車を漕いで走り去ってしまった。

 理由はすぐわかった。部室棟の方から大川先輩が歩いてくるのが見えた。先輩はすぐにあたしに気づいた。あたしが会釈すると、にっこり手を振って駆け寄ってきた。

「やあ、美星さん、偶然だね。いま帰り? そこまでいっしょに帰ろうよ」

 先輩がさらっと言うので、あたしは苦笑した。岩倉くんはあたしの恋を応援してくれてるつもりなのかな。素直なヤツだ。

「あたしたち、なんだか偶然出会ってしまう運命みたいですね、翼先輩。磁石で引かれ合ってるみたい。あの……、もしよかったら……、どこかカフェでお茶でもごちそうさせていただけませんか? 電車のときのお礼もしたいので……」

「お礼なんていいのに。でも、美星さんとはもうすこし話したいな。オシャレなカフェを知ってるんだ。きみさえよければ」

 あたしは口数すくなく、うつむいて大川先輩に寄り添った。

 連れて行かれたのは街中にある、夜はバーになるカフェだった。このあたりじゃ一番オシャレなお店だ。ただし、バータイムまであと一時間もない。あたしたちはカウンター席に並んで座った。

「あたし、こんな大人っぽいお店に入るの初めてです。さすが上級生は違います。よく彼女と来るんですか?」

「いまは付き合ってる子はいないんだ」

 大川先輩は困ったように笑ってコーヒーをブラックのまま一口すすった。あたしもミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを一口飲んで、「あちち」とちいさく舌を出した。先輩が子猫を見るような目で、「大丈夫かい、あわてんぼだなぁ」とまた微笑んだ。あたしは照れたようにかすかな笑みを見せて、マリトッツォを一口食べた。クリームの甘さにしあわせいっぱいの表情を浮かべてから、その様子を見つめられていることに気づいて、また恥ずかしそうにうつむいてみせた。

「美星さんはかわいいね。表情がくるくる変わる。きみは彼氏いるのかな?」

「え!? い、いないですッ。その……、付き合ったこともなくて……」

「えー、ほんとに? 美人だし仕草もかわいいから男どもが放っておかないと思うけど。もしかして恋愛とかにはあまり興味がないタイプだったりするのかな」

「そ、そんなことは……。友達の恋バナとか聞いて、いいなぁ、あたしも素敵な人に出会えたらな、って思います。だけど、そんな人が現れても、きっとあたしは想ってるだけで終わりそうです。勇気がないっていうか、あたし、引っ込み思案な性格なので」

「引っ込み思案か。それって奥ゆかしい性格ってことじゃないかな。悪いことじゃないと思うけど。それに、案外近くにいるかもしれないよ。きみのことを想っている人が」

 そんなふうに囁かれた。やさしい声だ。胸がドキンとして大川先輩を見た。あたしを見つめる先輩と目が合ってしまい、あわてて視線をそらした。

「あたしって真面目すぎるのかもしれないですけど、もし付き合うならちゃんとしてほしいっていうか……。真剣な告白じゃない、こないだの電車のナンパみたいなのはちょっと……。交際するなら、す、好きになった人じゃないと……」

「じゃあ、ぼくのことはいっしょにお茶してくれる程度には気に入ってくれてるんだ」

 大川先輩はうれしそうに目を細めた。

「つ、翼先輩は素敵な人だと思うので……。でも、先輩は今年、受験生ですよね」

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