目立たない女 (12)

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井の頭通りに出てしまった。ずっと直線を走っているとすぐに追いつかれてしまう。それにもう息が切れてきた。また道を曲がって、センター街にほうにもどる。

センター街に出ると、左右を見渡してメガネを置いた場所をさがす。あった。十メートルほども離れている。駈け出す。裸足の足の裏が痛い。もうちょっとだ。

その時、前の路地から少年がひとり飛び出してきた。靴をはいている以外は何も身につけていない。全裸だ。何を考えているんだ、変態め。

少年が叫びながら猛然と迫ってきた。

でも、こちらがメガネにたどりつくほうが先だ。

メガネのそばに若い二人組の女性が立っていた。わたしには気づいていない。下を見ていたからだ。メガネとサンダルを指さしている。ひとりがしゃがんでメガネを拾い上げた。揃えて置かれたサンダルとメガネを見つけて、興味を持ってしまったのだろう。

「待って!」

手を伸ばして制したけど、間に合わなかった。

女性がメガネをかけた。その途端、見えなくなった。

パニックに襲われて、立ちすくんだ。メガネを拾った女性はいまも目の前にいるはずだ。わたしの目にはうつっているはずだ。連れの女性ははっきり見える。全裸のわたしを見て目を丸くしている。

でも、メガネをかけた女性が見えない。

消えてしまった。

その直後、裸の少年が抱きついてきた。悲鳴を上げて逃れようともがいた。うしろから追いかけてきた少年たちがわたしを押さえつけた。

「いやーッ、やめてッ」

道路の中央まで引きずられ、押し倒された。両手を左右から地面に押し付けられた。男の力にはかなわない。

全裸の少年がのしかかってきた。乳房をつかまれ、首筋を舐められた。少年の勃起した汚らしいモノが、わたしの股間にこすりつけられた。

気持ち悪くてたまらない。

「おねーさんのおっぱい、柔らかいねー。キスさせてよ」

「やめてってば」

まわりの通行人たちは路上でレイプされようとしているわたしを笑いながら見ている。ケータイで撮影している男も多い。アダルトビデオのゲリラ撮影だろうくらいにしか思っていないようだ。

「誰かぁ、助けて」

わたしの腕を押さえつけていた少年たちも服を脱ぎ始めた。

「おねーさん、乳首、勃ってるよ」

前にいた少年が乳首を吸った。股を開かされて、アソコを触られた。

「いやっ、やめて、お願いだからやめてッ。誰か、誰か助けてよ」

わたしが暴れると、少年たちは余計に嗜虐心を刺激されるのか、下品な笑い声をあげた。

くやしい。こんなの嫌だ。どうして誰も助けてくれないんだ。

あきらめかけたとき、突然目の前に女性が現れた。恐怖にかられて身動きできなくなっている様子で、手にメガネを持ったまま呆然とわたしを見ている。

さっきの女性がメガネをはずしたのだ。

最後のチャンスだ。わたしは膝を曲げると、股間に顔をうずめていた少年の鼻面を思いっきり蹴った。少年が悲鳴をあげてわたしから離れ、尻餅をついて鼻を押さえた。ほかの少年がひるんだすきに腕を引き抜いた。

メガネを持った女性が悲鳴をあげた。走り寄って、メガネを奪い取った。怒り狂った少年たちがわたしをふたたび捕まえる前に、メガネをかけた。

わたしは誰にも見えなくなった。

少年たちは獲物を見失った。取り囲んでいた通行人たちも、急にわたしが消えてしまったことに戸惑っている。

目が覚めたとたん見ていた夢の記憶が急速に薄れていくように、街は意識を取りもどしていった。全裸のまま立ちすくむ三人の少年たちだけが、平常な街から取り残されていた。そこへ警官が走ってきた。少年たちは逃げ出したが、すぐに取り押さえられてしまった。ざまあ見ろだ。

わたしは道路の隅にうずくまって、じっとしていた。

助かったんだ。

ほっとしたら涙が出てきた。怖かったけど、自分の力で逃げ延びた。なんだか大きなことを成し遂げたような気分で、思わず泣き笑いした。

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