操と真琴がのぞきこんだ。聡子が差し出したケータイの画面には、矢萩と長い黒髪の女性が腕を組んで歩いている後ろ姿が写っていた。確かに二人でウエディングドレスのディスプレイを見ているようだ。
(日曜日……。あたしじゃない)
と操は思った。
(妹さんだろ。こんど訊いてみよう)
矢萩に妹がいるということは聞いていた。たぶんその妹が結婚するのだろう。
「矢萩先生だって、もう三十二歳だし。結婚を考えててもおかしくはないわね」
自分には関係のないことだ、というふうに操が言った。そう言ってみて、操は改めて矢萩との年の差を実感した。操は十六歳だから、矢萩の半分の歳だ。結婚するうえで年齢差が障害になりはしないだろうか。矢萩はどう思っているのだろう。
操の考えは真琴の言葉で中断された。
「うーん、まさか写真に撮られてたとはなー。そこに写ってるのはあたしだよ。日曜日に先生とデートしてたんだ」
今度は操も愕然とした。写真に写っているのは後ろ姿だが、真琴だと言われれば、確かにそう見える。操は凍りついた表情で真琴を凝視した。真琴は、自慢話をしたくてしかたのない子供のような顔で、操にウインクしてみせた。
「はーん? 大友さんが矢萩とデート? 詳しい話を聞かせてもらおうじゃない」
取調べモードの聡子に、真琴はもったいぶった仕草で、
「いやー、じつをいうとね、あたし、矢萩先生に恋をしてしまったようなの。それで日曜にデートしよっ、って誘ったらOKしてくれて」
真琴はほかの生徒たちに聞かれないよう、小声で言った。聡子も声を落として、
「狙いを定めた、の間違いじゃないの? 大友さん、例の先輩とはどうなってるのよ。あの人、大友さんとの関係をまわりに自慢してるみたいだけど。今回はけっこう長続きしてたじゃない」
「そんなの、とっくに別れたよ。さっき言ったでしょ。あたしを満足させてくれるような男子はいないって。でも、大人の男性ならどうかしら。あたしもまだ知らないテクニックでイカせてくれるんじゃないかな」
「優等生のくせに色魔だな。で? 矢萩とはもうやったの?」
「まだそこまで行ってないよ。ホテルの前まで行ったんだけど、先生が怖気づいちゃってさ。さすがに初めてのデートでエッチまでってわけにはいかなかったよ。でもまあ、そうなるのも時間の問題だけどね。先生だって、女子高生とのセックスには興味あるみたいだったし」
「大友さんねー、教師と生徒でしょ。ばれたら退学確実よ。というか、大友さんは退学で矢萩は逮捕よ。遊びじゃすまないわよ」
「やーね、わかってるよ。気をつけるって。だから、聡子もほかの子にしゃべっちゃダメよ」
聡子はまだ納得いかない様子だったが、
「ま、いいけど。大友さんがおじさん好きだとは思わなかったわ」
「自分が気持ちよくなることしか考えてない若い子と違って、おじさんの方が濃厚なセックスで楽しませてくれるって、よく言うじゃない」
そう言って、真琴は操に視線を向けた。
操は混乱していた。
(どういうことだ? あたしが先生と初めてデートしてもらえたのは、告白してからずいぶんたってからだった。真琴は美人で男子にモテるし、男性経験も豊富みたいだけど、でも、そんなことで先生が真琴とデートするなんてこと、あるはずが……)
操は真琴の視線に耐え切れず、うつむいてしまった。
「ちょっと、大友さん。どぎつい言い方するから、相沢が恥ずかしがってるじゃない」
「え? ああ、ゴメン」
真琴はそう言って笑うと、操の肩に手をおいて、
「そういうわけだからさ、あたし、矢萩先生ともっと親密になりたいんだ。操も手を貸してよ。操は矢萩先生と親しいし、操が協力してくれると心強いな」
(なに言ってんだよ、真琴。先生はあたしの恋人なんだよ)
操は顔から血の気が引いていくのを感じた。そんなことを知るはずもない真琴は、無邪気な笑顔を向けていた。
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