ピンクローターの思い出(13)

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 深みを増していく夜空にまばゆい炎が映える。

 雄太がリーダーとなって準備していた百物語は大好評だった。自分たちの学校がネタになっているだけあって身近な怖さがあり、今夜はトイレに行けない子も出そうだ。まどかは出し物からはハブられていたけれど、雄太の活躍をながめるのは楽しかった。そばでサポートしている優子を見ていると胸が苦しくなった。自分ではあんなふうに雄太の力にはなれない。

 キャンプ自体はちっとも楽しくなかった。ずっと仲間はずれにされている。でも、そうなるのは最初からわかっていた。きょうはフォークダンスで雄太と踊る十数秒のためだけに参加しているのだ。

 いよいよダンスが始まる時がきた。先生がマイクで輪になるように指示した。それまで隅でおとなしくしていたまどかは穴から飛び出したネズミのように雄太のところへ駆け寄った。すると、まどかの意図を察した何人かの女子が立ちはだかった。

「新田さん、何にも仕事してないのにこういうときだけ出てくるんだ。あんた、何考えてんの? 中川くんのことが好きだからって卑怯じゃない?」

「そうだよ、ソープのくせに。ストーカーやめなよ。優子ちゃんが迷惑してるのわからないの? それともわざと嫌がらせ?」

「リンキンが伝染るから向こうに行けよ、エンコー女。手が腐る」

 と、口々に罵ってきた。まどかが通り過ぎようとすると通せんぼする。その子たちの肩越しに優子が見えた。何を話しているのか、楽しそうに雄太と笑い合っている。

 きょうはまだ一度も雄太と口を聞いていない。もしかして約束したことを忘れられてしまったのか。そんな不安に怖くなる。そのとき優子と目が合ってしまい、まどかは目をそらしてうつむいた。

 音楽がスタートした。まどかは足が動かず立ちすくんでいた。一回だけ、ほんの十秒かそこらだけ。それも許してもらえないのか……。

 視界が滲んできたとき、手をつかまれた。びっくりして顔を上げると雄太が険しい表情で見つめていた。

「新田、ぼくと踊るんだ」

 すぐには飲み込めず、優子の方に目をやった。口を一文字に結んでにらんでいる。

 さっきまでまどかを小突いていた女子たちが不審感をあらわにして「どういうこと?」「ソープと踊るの?」「罰ゲーム?」などとささやきあった。

 雄太がまどかの手を引っ張った。まどかはおびえて思わず手を引っ込めようとした。

「ぼくと仲良くしようとしたらイジメられるなんて、誰にも言わせてたまるかッ」

 そう言ったあとで雄太は目をそらした。怒ってふてくされているようでもあり、恥ずかしがって照れているようでもある。

 まどかは雄太にうながされるままにフォークダンスの輪の中に連れて行かれた。優子の憎悪の視線が痛くてたまらない。クラスの子たちも敵意を隠さない。

 雄太と手をつないでダンスを踊る。でも、まどかはうわの空だった。オクラホマミキサーののどかな曲が場違いすぎて、現実離れした滑稽さを感じさせた。

 パートナーチェンジのタイミングが来ると、雄太はまどかを引き戻し、ふたたびまどかの手を取った。うしろの子が文句を言ったけれど、雄太は深刻な顔をして無視した。楽しんでいる様子はない。むしろ悔しそうな顔に見えた。

 次のパートナーチェンジでも雄太はまどかをはなそうとしなかった。延々と同じカップルで踊り続ける二人に、男子は冷やかしを言い始め、女子は怒り出して罵声を浴びせた。優子は少し後ろの方で踊っていて、無視しているように見えても顔は怒り狂っていた。ついさっきまで雄太と優子は笑顔で話していたのに。

 曲が終了するとさきほどの女子が寄ってきて、「これって罰ゲームだよね?」「ソープに弱みでも握られてるとか?」「優子ちゃんに謝りなよ」「ほかの男子にも色目を使ってるくせに」と、早口で責め立てた。しばらく黙っていた雄太がとうとう堪りかねて、

「いいかげんにしろ!」

 と、一喝した。女の子たちは雄太の剣幕に驚いて言葉を失った。

「ソープなんて呼ぶなよ。新田さんは同じクラスの友だちだろ? それなのに援交してるとかデタラメを言いふらして、誰か見たヤツいるのかよ」

 雄太はちらりと優子に視線を向けた。離れたところで見ていた優子がムッとした表情を見せた。それを見たまどかは直感した。イジメられているまどかをかばおうとした雄太に、優子が援交現場を見たと打ち明けたのだ。それで二人は口論になり、雄太は当てつけにまどかとだけ踊ったのだ。

 ポルカの曲が流れはじめた。雄太がふたたびまどかの手を引くと、まどかが振り払った。

「もういいから……。中川くん、もう十分だから」

「よくないよ。新田もはっきり否定してやれよ。援交なんかしてないって」

「してないよッ。でも、どうせ誰も信じてくれないし、いまさらどっちだって構いやしない。だから、中川くん。あなたの罰ゲームはここまでで勘弁してあげる。あとは宇田川さんと好きなだけ踊ればいいよ」

 引き留めようとする雄太を押しのけ、まどかはキャンプファイヤーに背を向けて、夜の闇の中へと駆け込んでいった。

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