セックスしたあと、あたしたちはすこしのあいだ海の底で抱き合って眠った。ラブホテルを出たのは夕方になってからだ。
雪が降り出していた。風はなくて、白いちいさな妖精のような雪が音もなく舞っている。都会の真ん中なのに静寂を感じさせるほど、ただ空気だけが冷たい。
「ホワイトクリスマスだね。拓ちゃんはこれから二年生のパーティーに行くんでしょ?」
「ああ。積もったりはしないだろうが、どうせなら止んでくれるとありがたいな」
「えー? あたしは雪だるまを作れるほど積もってほしいよ」
笑いながら真っ暗な空を見上げた。拓ちゃんの言うとおり、雪はすぐに止みそうだ。
「なあ、沙希。俺たちはいとこ同士だ。だから、また俺んちに泊まりにこいよ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「やだぁ、拓ちゃんのえっち」
「ち、違うッ。俺はただ、以前のようにまた沙希が来てくれたらと――」
「うん、わかってる。そうするよ」
あたしは拓ちゃんの首に抱きつくと、背伸びしてキスをした。
「メリークリスマス、拓ちゃん。じゃあ、またね」
「またな、沙希」
拓ちゃんから離れ、大きく手を振った。拓ちゃんも軽く手を振り返した。あたしはくるっと向きを変え、駆け足でその場をあとにした。ふと立ち止まって振り返ってみると、もう拓ちゃんの姿は雑踏の中にまぎれてしまっていた。
フラれたのはあたし。でも、拓ちゃんは援助交際をしてるあたしのことを受け入れてくれた。いとこ同士としてならそばにいてもいいんだと言ってくれた。
それでいいじゃん。
とぼとぼ歩きながらスマホを取り出して、いつもの掲示板に書き込む文章をしたためた。
『イブなのに彼氏にフラれちゃった女子高生です。いますぐ会ってくれる人いませんか? 四十歳くらいまでOK。お医者さんか会社経営者のやさしい方、なぐさめてください』
いままでと同じ。これがあたしだ。
そのとき、ポケットの中のケータイにメールが入った。見ると、三ツ沢さんからだった。
『もしかしてデート中? 吉野さんと高島さんが来てわたしの家でパーティーするんだ。よかったら美星もこない? アリスがまた四人集まったらステキかなって思って』
ちょっと考えてから、三ツ沢さんに電話をかけた。三ツ沢さんはすぐに出た。拓ちゃんと一緒にいたことを伝えると、三ツ沢さんは興奮した声で、
『ほんとにデートだったんだ。鳴海先輩と付き合うことになったの?』
「いとこ同士だよ。鳴海先輩は二年生のパーティーに行くから、さっき別れたとこ」
『そっか。じゃあ、いまヒマでしょ? 美星が来てくれたらうれしい――。もちろん美星さえよければ、だけど。吉野さんと高島さんもそう言ってるよ』
三ツ沢さんにしてはめずらしく相手に気を使った言い方だ。思わず笑ってしまった。
「ねえ、三ツ沢さん。あたしも変われるのかな?」
『美星さえその気ならね』
三ツ沢さんは即座にそう答えた。意外と頭の回転も速いんだな。
あたしは掲示板に書き込むつもりだった文章に視線を落とした。
いままでのあたし。
お金をもらって数時間だけ恋人になる。それは誰ともかかわらない生き方だ。いままでのあたしはそんなふうにしか生きられなかった。生まれてきたことの罰から逃れるため。さびしさを癒すため。
あたしはヤリマンだ。心を病んでるし、体だって汚れてる。
こんなあたしは誰からも受け入れてもらえないと思ってた。
だけど――。
あたしはスマホの電源を切ってバッグに入れ、ケータイの向こうの三ツ沢さんに言った。
「三ツ沢さんの家の場所、教えて。いま中華街にいるから何か買ってくよ。何がいい?」
なりたい自分はまだわからない。
セックスが好き。それがあたしの原点。援助交際をするのは恋をしたいから。これからもつづけるし、もっともっと気持ちいいセックスを探求したい。
それと同じくらい、もっと世界とかかわりたい。
それでもいいんじゃないかな。
もうヤリマンであることを恥じたりしない。
それがいまのあたしだ。
第6話 おわり
[援交ダイアリー]
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