最初に目についたのは樹のそばに人待ち顔で立っている長身の男だった。スーツにノーネクタイで、手に雑誌を持っている。四十歳くらいだろう。その男が腕時計に目をやった。援交の待ち合わせだ。あれが小川さんの相手にちがいない。
広場の入り口の方を見ると、小川さんが歩いてくるのが見えた。砂漠で道に迷ったみたいな足取り。援交することにまだ躊躇してる様子だ。
小川さんは立ち止まってあたりを見回した。目印を手にした男を見つけたらしく、顔を伏せて、ゆっくりと男の方に歩き出した。
そのとき、違和感の正体に気付いた。
地味なパンツスーツを着たショートカットの若い女。男とは広場をはさんで反対側にあるベンチに座っていた。男の方を観察するように見ている。イヤホンをしていて、耳のうしろにカールコードが伸びていた。
大変だ!
あたしは回廊から階段を駆け下り、小川さんのもとに走った。男までの距離はあと十メートル。男も小川さんが近づいてくるのに気付いた。小川さん、声をかけちゃダメ!
「ごめーん! 待ったぁ?」
タックルするように小川さんに抱きついた。びっくりした小川さんを振り向かせ、男に背を向けさせた。男はほんの三メートルほど離れたところで、あたしたちを見てる。
「み、美星さん……?」
「補導されたくなかったら、調子を合わせて」
笑顔でそうささやいてウインクしてみせた。それで通じた。
「ぜんぜん! わたしもいま来たところ」
「よかったぁ! じゃあ、行こ!」
小川さんをつれて、ふたたび上にあがると、広場を見下ろした。
さっきの男と女は元の場所にとどまったままだ。それを見てホッとした。
「小川さんが援交する相手って、あそこにいる男の人でしょ?」
「はい。いったいどうしたんですか? 補導って?」
「あれは警官だよ。向こうに座ってる女は婦人警官。援助交際摘発のオトリ捜査」
あたしは小川さんにスマホを借りて、男から来ていた援交メールに返事を書いた。
『加齢臭オヤジがJK買おうとしてんじゃねーよ。援交は犯罪だぞ。通報しといたからな。逮捕の警察は早朝にくるぞ。ふるえて眠れ。バーカ』
しばらくすると男がケータイを取り出してメールを見た。すると、ベンチに座っていた女が男のそばに駆け寄り、男のケータイを覗き見た。ふたりは顔を見合わせて何か言葉をかわすと、ケータイで誰かに電話をかけ、その後、ふたりは広場を出て行った。
小川さんは目を丸くして、
「どうしてあの人たちが警官だとわかったんですか?」
「何度も危ない目に遭う経験をしてると、ピンとくるようになるんだ。でも、よかったぁ、小川さんが逮捕されたりしなくて。間一髪だったよ。間に合ってほんとによかった」
そう言って、小川さんをぎゅっと抱きしめた。
小川さんも自分がどれほど危うい状況にいたのかようやく実感したらしい。体を震わせながらあたしの背中に両手をまわした。
「ありがとう、美星さん。美星さんがいてくれて本当にうれしいです」
憧れの美少女にそんなふうに言われて、あたしもうれしかった。
せっかくなので、近くのコーヒーショップに入ってすこし話すことにした。
「まさかわたしに連絡してきた人が警察の人だったなんて、夢にも思いませんでした」
小川さんはカフェモカを一口飲んで、唇についたホイップクリームを舌でなめると、笑顔になった。
「警官と遭遇したのはあたしも初めて。でもね、お客にはもっとアブナイ人もいるよ。ゴムつけてくれない人とか、料金を踏み倒そうとする人とか。殺されそうになったことだってあるもの。だから、すごく慎重に相手を選ぶようにしてる」
「まあ! さっきの人は学校の先生だって言ってたんです。先生だったら安心かなと思って会うことにしたんですが……」
「学校の先生はけっこういるね。教師って変態プレイが好きな人が多い。普段学校で女子生徒に対する劣情を抑えこんでるからかな。お金はちゃんと払ってくれるけど」
「お金ってどれくらいもらえるんですか?」
「交渉次第でいくらでも。あたしは安売りしたくないからお金持ちの人を狙ってる。お医者さんとか会社経営者とか。でも、若手の起業家なんかは、がめつい人が多いから注意した方がいい。ポッと出のIT企業の社長とか特にそう。『価格の妥当性が判断できるように、プレイ内容を見える化して詳細な見積もりを提示してくれ』とか言うんだよ。意味わかんないよね」
小川さんが笑った。
「美星さんがこのあいだ会っていた男性は富裕層の方のようでしたね。あの方は以前にも何度かお見かけしてますけど、お得意様なんですか?」
「うーん、いい人だったしエッチもうまかったけど、あたし、あの人に大きなウソついてるから、もう会わないつもり」
[援交ダイアリー]
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