第15話 ロンリーガールによろしく (15)
翌朝は青空が広がっていた。もう梅雨が明けたんじゃないかと思えるほど気持ちよく晴れ渡った朝だった。
病院の面会時間は午前十時からだ。遅い朝食を済ませてホテルをチェックアウト。きのう着ていた服は捨てた。
駅前のバスターミナルへ行って、時刻表を確認した。バスが来るまで五分ほどある。あたしはバス停のベンチに腰を下ろした。
あたりには豪雨の傷跡が残っていた。木の葉や小枝が散乱し、道路の隅には泥が固まっている。けれど、空気は澄んでいた。日差しはきついものの、まだ気温が上がる前で、そよ風が気持ちいい。
きのう、こうしてバスを待っているときに新庄が現れて拉致された。あいつはもうこの世にいない。新庄だけじゃない。津谷も、南野も、清川も、それから袖崎も。さんざんあたしを嬲り者にしたあいつらは全員死んだ。
たったそれだけのことで、世界がまるっきり違って見えた。
このベンチに座っていても、あたしは安全だ。
あの廃屋で慰み者にされた、どこの誰かも知らないBカップの子とEカップの子。その子たちにも新庄たちの死が伝わればいいのだけど。
バスはすぐに来た。それに乗って二十分ほどで市民病院に着いた。
三階建ての広い建物で、たぶん市内じゃ市役所の次に大きな建物だ。ただし、内外装のデザインからして昭和中期に建てられたようだ。天井が低くて狭苦しく、あちこち傷んでいる。外来の待合室に置かれた木製の古いベンチには年寄りがひしめき合っていた。
こんな古い公立病院に入院するなんて、新垣の家もそれほど裕福ではないんだろう。それでも、面会受付で聞いてみると個室に入っていた。まあ怪我の状態が状態だからな。面会者カードの申請書には橋田さんの名前を騙って記入した。
病室に行く前に院内コンビニに寄って新聞の朝刊を買った。一面から豪雨被害の記事が載っている。地域面を見ると新庄の記事が大きく掲載されていた。五人の少年が乗る車が誤って川に落ちて全員死亡、という内容。五人の氏名も載っていた。
新垣の病室の前で中の気配をうかがう。幸い誰もいないようだ。そっとスライドドアを開ける。ドアは音もなくするすると動いた。古い病院だけど、ドアだけは改装したらしい。
ベッドの上に新垣千鶴が横たわっていた。
目を閉じている。眠っているのかと思ったが、あたしが近づくと目が開いた。ぼんやりとした目がこちらを見た。あたしが誰なのかまだ気づいていないようだ。
そばまで行って新垣の状態をよく見てみた。
頭には包帯、ほっぺたにもガーゼが当てられていた。顔のあちこちに青い痣が残っている。口と鼻に細い管を入れられていたけど、人工呼吸器はつけていないから、全身マヒと言っても自発呼吸はできるらしい。まだ口がきけるのだろうか。下顎を骨折して固定されているので、会話能力に障害がなかったとしてもいまは喋るのは無理そうだ。
腕はシーツの上に出していた。両腕とも怪我はしていない。注射か点滴の跡に止血絆創膏が貼られているだけだった。
下半身にはシーツがかけられていたけど、膝のすこし上あたりからシーツの膨らみがなくなっている。両脚とも切断されていることを示していた。尿道カテーテルを入れられているらしくて、シーツの下から伸びた管がベッドの下にぶら下げられた尿バッグにつながっていた。バッグの中には黄色い液体が溜まっていた。
じっくり眺めてみると、思っていたよりも新垣の状態は悲惨だった。
いい気味だと思う。
この女にひとこと「ざまあみろ」と言うためにはるばるやって来た。途中でトラブルに巻き込まれてしまったけれど、うまく切り抜けたし、結果はあたしにとって最高のものになった。強姦魔たちは報いを受けた。
次はこの女だ。
長いあいだ、恨みと憎しみを抱き続けてきた。やっとそれを晴らすときが来たんだ。
「久しぶりね、新垣さん。あたしが誰だかわかる?」
そう尋ねると、新垣はしばらくあたしを見つめた。やがて、幽霊でも見たみたいに両目を見開いた。あたしがわかったんだろうけど、本人にそう言わせる必要がある。主導権がどちらにあるかはっきりわからせるためだ。あたしは顔を近づけて、
「鳴海沙希だよ。中学のとき親友同士だったでしょ? 忘れちゃった? そんなわけないよね。あんなに仲良しだったんだから。あたしがわかる? まぶたくらい動かせるんだよね? イエスならまばたきを二回して」
新垣はパチパチと二回まばたきで答えた。
「あんたが事故ったって聞いてね。居ても立ってもいられなくなって飛んできたんだよ。バカな子。袖崎なんかとつるんでるからさ。ところでね――」
買ってきた新聞を広げて新垣の顔の前にかざした。
「きのう新庄が死んだのは聞いた? 新庄だけじゃない。あの日、野球部の部室であたしを強姦した連中も一緒に死んだんだ。笑えるでしょ? 先に死んでた袖崎と合わせて、強姦ビデオの撮影に関わった奴らはみんなあの世に行った。残りはあんただけだ」
そう言うと、新垣の目に恐怖の色がやどった。
[援交ダイアリー]
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