失恋パンチ (22)

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「なにが男同士の問題だよ。原因はあたしだろ? あたしに断りもなくふたりで勝手なことするんじゃねーよ。だいたい武一、お前恥ずかしくねーのかよ。空手部のエースのくせに素人と空手で勝負とか、笑わせるな。これで純に勝って、何の自慢になるんだ」

女子生徒の乱入に、まわりにいた空手部の部員たちが、おもしろがりはじめた。どうやら、武一と純が由香を取り合って勝負しているのだと思っているらしい。勝手に言わせておけ。

「こんな勝負で勝ったからって、お前の強さの証明なんかにゃなりゃしない。お前は空手は強いかもしれないけど、女の子の扱いはてんでダメなヘタレじゃねーか。あたしにはわかってる。純は腕っぷしは弱くても、お前なんかよりずっと強くて男らしくてかっこいいんだよ!」

武一が腕を伸ばして由香の腕をつかむと、脇にどけようとした。よろけた由香を純が背後から支えて間合いの外に押し出した。すかさず武一の腕をかわしてサイドに回りこむと、小さくジャンプしつつ膝蹴りを放った。

膝蹴りは武一の太ももの横の部分にまともにヒットした。ここを強打されると激痛が走る。武一はかすかにうめいて、一瞬だけ隙を見せた。

そこへ純は飛び上がって、武一の顔面にパンチを食らわせようとした。

拳は武一のあごに命中したかに見えたが、かすっただけだった。武一の中段突きが、無防備になった純の体を打ち抜いた。

純の体は吹っ飛んで床の上にころがった。

「純!」

由香は走りよって純に覆いかぶさった。

「もうやめて!」

純が痛みに顔をしかめながら咳き込んだ。プロテクターをつけているとはいえ、ダメージは大きくて動けないようだ。

「もういいからやめてよ」

由香は泣きながら、かすれた声で言った。

「やめ!」

という声がかかって、空手部の部長が笑顔を見せて歩み寄ってきた。由香と純の上に身をかがめると、穏やかな声で訊いた。

「一応、反則二回で劣勢だけど、どうする? 続ける?」

純は苦笑いしながら由香の肩に手を添えると、ゆっくりと体を起こした。部長と武一の顔を交互にながめると、ふーっと息を吐き出し、

「参りました、桐原先輩」

と笑顔で言った。それから由香に向き直ると、

「天音先輩、見てくれました? ぼくの真空飛び膝蹴り」

「純のバカ。大ケガしてたかもしれないのよ。どうしてこんなことしたのよ。空手の経験なんてないくせに」

「経験者なのは本当ですよ。小学校のころ、通信教育でやってたんです。まあ、二ヶ月くらいでしたけどね。それに桐原先輩はずいぶん手加減してくれましたし」

武一の方を振り返った。武一は向こうをむいていて、奏が寄り添っていた。手加減していたようには見えなかったが、純が瞬殺されなかったということは武一は本気を出してはいなかったのだろう。だとしたら、どうしてこんな勝負を受けたのかますますわからなくなった。

「あの人を一発殴ってやらなきゃ、と思ったんです。天音先輩のことをあんなに泣かせたんだから」

「それであんたがケガでもしたら、あたしはもっと泣くことになるじゃないの」

純は照れたように笑った。

「すみません。でも、桐原先輩って、ほんとに不器用な人ですよね」

「どういう意味よ。あいつが不器用なのは確かだけど」

純は何も言わずに、ただ笑って立ち上がった。

「さあ、最後に礼をしなきゃ」

純と武一は向きあって礼をすると、それで決闘は終了した。ふたりのあいだにわだかまりはないように見えたけれど、由香にはふたりの気持ちがさっぱりわからなかった。男子には男子にしかわからないことがあるのかもしれない。説明されたとしても理解できないんじゃないかと思われた。

ただ、わかったこともあった。

由香はもう武一のことを何とも思っていなかった。奏と武一が寄り添っているのを見ても平気だった。憎しみも恨みも感じなかった。武一と過ごした日々は、もはや過去のできごとだった。失恋を乗り越えたのだ。

こんな気持ちになれた理由もわかっていた。それについては自分でも驚き、訝しむ気持ちもあった。それでもはっきりと自覚していた。

由香は純に恋をしていた。

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