「美緒!」
バゲットのかごに編み込まれた美緒は顔を下にして水平に吊られていた。美緒のお腹も妊婦のようにふくれている。
彩香が駆け寄って美緒にからまっているパンを引きちぎり始めると、美緒がかすかに目を開けた。
とたんに美緒が苦しみだした。顔をゆがめて体を揺すりだす。
「美緒……? しっかりしろ。どこか痛むのか?」
「はううぅぅぅっ、あううぅぅぅっ」
美緒は彩香に気づいていない様子で、うめき声をあげている。
とにかく美緒を解放しなくてはと、彩香はバゲットをちぎりつづけた。
「あぁぁぁ、あぐぅぅッ」
美緒が体を硬直させたかと思うと、股間から黒ずんだ液体がほとばしった。いまにも美緒が腹を食い破られるのではないかと恐ろしくなった。
液体には大きな豆のような黒い粒が混じっていた。蟲!? 何百という蟲が胎内をうごめいているところを想像して、彩香は血の気が引くのを感じた。しかし、いまはひるんでいる場合ではない。彩香は吐き気をこらえながら、懸命にパンを引きちぎり、とうとう美緒をバゲットの檻から救い出した。
「美緒、あたしだ。彩香だよ。わかるか? 美緒――」
彩香はうめいている美緒を助け起こそうとしたが、突然、お腹に痛みを感じてうずくまった。吐き気がひどくなり、思わず口元を押さえた。
ビシャッ、という水音がして、彩香の股間からも黒ずんだ液体が飛び散った。アソコの奥に何を植え付けられたのか。彩香は勇気を振り絞って、濡れた床に散らばった蟲に目を凝らした。
それは蟲ではなかった。蟲に見えた黒い豆のようなものは、どう見てもただの黒い豆だった。実際、それは煮豆のように思えた。
「あううぅぅっ!」
美緒がひときわ大きくうめいた。
ボトンッ、と、白くて丸いものが床に落ちた。美緒が卵を産んだように見えた。卵は見た目は白玉のようだが、大きさはリンゴほどもある。それがプルプルと震えている。
卵はつづけて二個、三個と産まれてきた。黒い豆状のものといっしょに排出され、床にボトボトと落下する。
「あうううぅぅっ!」
こんどは彩香がうめいた。
アソコが内側からこじあけられる。
何かが出てこようとしている。
産まれる!
美緒と同じように卵を産み始めた。
ふくらんでいたお腹がみるみるへこんでいく。
やがて卵が出なくなった。ぜんぶ産みおわったらしい。
体も楽になった。美緒も同じらしく、荒い息をしながらも落ち着いてきていた。
「なによ、これ……」
自分たちが産み落としたものを見て、彩香はひきつった笑いを漏らした。
冗談にしては悪趣味すぎる。――白玉ぜんざい。素材のサイズが多少大きいが、それ以外のものには見えない。ここのパティシエは和風スイーツもやるのか。いや、意味もなく和と洋とごっちゃにしちゃダメだろ。いやいや、それどころかアンコが外に出ちゃったらせっかくのお菓子が台無しだ。こんなんでお客のスライムたちが納得するのかしら。あたしたちって失敗作なんじゃないの?
スライムの群れは数が多くなりすぎて、互いにくっつき、一体化して、巨大な琥珀色の壁となって、彩香と美緒を取り巻いていた。逃げ出そうにも、隙間はどこにもない。その壁が徐々に迫ってくる。
彩香は腹立たしい気持ちから、バゲットをスライムに投げつけた。バゲットはスライムの表面にくっついたかと思うと、一瞬後には中に引きずり込まれた。見る間にバゲットは泡に包まれ、次第に形が崩れていく。金属が強力な酸に溶かされるように。消化されているのだ。
楽な死に方とは言えない。スライムに生きたまま溶かされるのは、触手の怪物に無数の牙で噛み砕かれるより、たぶん苦しいだろう。人生の最後の数分間をやり直す機会を与えられた代償として、これは妥当だろうか。
泣き出したい気持ちだったが、いまは時間がない。スライムはもう数メートルのところまで迫っている。彩香は美緒に寄り添うと、肩を支えて体を起こさせた。
美緒は彩香から目をそらすと、胸を隠して恥じ入るように縮こまった。変態レズ女と罵られたことがよほどショックだったのだろう。あれは本心ではないと言っても信じてもらえないかもしれない。
それでも美緒を愛していると伝えたい。
伝えなくてはならない。
美緒を悲しみに沈んだまま死なせるわけにはいかない。
彩香は美緒を抱き寄せてキスをした。
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