一瞬、時間が止まったのかと思われた。そのあとで恐怖がじわじわと湧き上がってきた。
照美は言ってしまってから、悲痛な表情でうつむいた。
「おおぜい……?」
留美は足元がふらつくのを覚えた。
おおぜいの男子に?
優奈の身に起きたことについては予想していた留美だったが、照美の言葉は予想を超えていた。
「優奈は性犯罪の被害に遭ったことがあるんじゃないかとは思ってたけど……」
「中学に入学してすぐだったわ。秋田さんは胸が大きいって、男子が噂するようになったのよ。ふざけて胸を触ったり、スカートをめくったりする子もいた。秋田さんは嫌がってたけど、男子はいたずらをやめようとしなかったわ。女子は女子で、あの子は男子に人気があるんだって思ってたから、助けるどころか逆にいじめてた。体育の授業のときに制服を隠したり、むりやりパンツを脱がしたりね」
「あんたは助けなかったのかよ」
「できるわけないじゃない。そんなことしたら、わたしがいじめのターゲットにされるんだから」
照美が留美を睨みつけた。留美の中学ではいじめはなかったし、そんなことがあれば自分なら助けようとしただろう。だから、照美の態度が理解できなかった。
「秋田さんは先生に相談して、先生は男子には注意したけど、秋田さんにも非があるんじゃないかって言い出して、喧嘩両成敗って形にしようとしたから、秋田さんにはひとりも味方がいなかった」
そこで照美はすこし言いよどんだ。それから意を決したように、
「そうして事件が起きたのよ。何人かの男子が秋田さんの服を脱がしてビデオに撮ろうとして……。それを知った上級生が、秋田さんを部室に連れてくるように命令して、それで……、それで秋田さんは部室に連れ込まれて、裸を撮影されるだけじゃ済まなくなって」
照美はまたすこし間をあけた。
「男子がかわるがわる秋田さんをレイプして、その様子をビデオに撮ったのよ。相手は七、八人だったって聞いたわ」
「犯人はどうなったんだよ」
「上級生のひとりは少年院、何人かは保護観察になったけど、残りは注意されただけ。事件のあと、秋田さんのビデオが生徒のあいだに出まわって……。みんな教室で観てた。そのあと、いじめがエスカレートして、秋田さんは学校に来なくなった。精神科の病院に入院したんだって、みんな噂してた。わたしは二年生になるときに転校したから、それからどうなったのかは知らない」
留美は震えが止まらなかった。胃のあたりが熱い。
「高校の入学式のとき、秋田さんがいるのを見つけたのよ。秋田さんはわたしを見ると、真っ青になって、泣きそうな顔で逃げたわ。事件を知っている人間に会うとは思ってなかったんだろうと思う。わたしは秋田さんをいじめてなかったけど、秋田さんにとってはわたしも嫌悪の対象だったのね」
初めて照美に会ったとき、優奈が照美から顔をそむけたのはそういう理由だったのだな、と留美は納得した。
「わたしは秋田さんの事件について言いふらすつもりなんかなかった。わたしだって忘れたいことだもの。でも、佐賀くんが秋田さんのことを好きなんだって知ってしまったから、わたし、つい……、あの子はおおぜいの男とセックスしたことがあるんだって……、クラスの子に話してしまったの」
照美は心底後悔している様子で、消えてなくなりたいとでもいうように小さくなっていた。
留美はたまらず照美の胸元を掴んだ。この女を殴りたいと思った。殴っても照美は抵抗しないだろう。そう思うと、いらいらが募ってくる。
留美は照美を突き放すと、何も言わずにその場を離れた。
[夏をわたる風]
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