優奈は瞼をぎゅっと閉じて、泣きそうな顔だった。
(冗談を言っているはずはない。でも、優奈の中学のときの強姦事件も本当だ。ということは……)
留美は恐ろしい真相に思いいたった。
(リストカットだ)
「優奈……」
何も言わなくていい。辛いことを無理に話すことはない。そう言おうとして留美は口ごもった。
優奈のためにしてあげられることがあると思ったのだ。自分とさやかにはできることがあると思ったのだ。
留美は唇を噛んだ。世の中の理不尽さに腹が立つ。自分たちにできることは多くはない。でも、きっとこれが優奈にいちばん必要なことだ。
「わかった。話してよ。わたしとさやかが優奈の話をぜんぶ受け止めるから」
優奈はそっと目を開けた。
そして話し始めた。
中学に入学してすぐに性的いじめに遭ったこと。
誰も助けてくれなかったこと。
先生に相談したら、お前にも責任があると言われたこと。
運動部の部室に連れ込まれて、何人もの男子生徒に犯されたこと。
押さえ付けられて、叩かれて、罵声を浴びせられて、抵抗してもダメだったこと。
ビデオを撮られたこと。
誰かに告げ口したらビデオをばらまくと脅迫されたこと。
学校を休んだらビデオをばらまくと脅迫されたこと。
教室でみんなの見ている前でオナニーを強要されたこと。
教室でみんなの見ている前でストリップをさせられたこと。
悔しくてたまらないのに、泣きながら従うしかなかったこと。
誰にも相談できなかったこと。
がまんしていたのに、ビデオがダビングされて出回っていることに気づいたこと。
男子も女子も教室でビデオを観ていたこと。
動画ファイルをインターネットにアップロードされたこと。
そのビデオはいまもネット上にあること。
複数の男子とふしだらな関係にあると言われて生活指導室に呼び出されたこと。
本当は強姦されたのに、売春をしているのかと問い詰められたこと。
両親以外の誰も信じてくれなかったこと。
自分だけが悪者にされたこと。
学校に行かなくなったこと。
ビデオが証拠になって、警察では被害者だと認めてくれたこと。
ほとんどの犯人は罰を受けなかったこと。
部屋に閉じこもって誰とも口を聞かなくなったこと。
ひとりで小説を書くことに熱中したこと。
小説を書いているときだけは、生きていると思えたこと。
犯人の男子を皆殺しにする小説を書いたこと。
クラスメートも教師も小説の中で全員残らず殺したこと。
自分をわかってくれる友だちを小説の中に作ったこと。
夜中に大声でわめきながら暴れたこと。
出会い系サイトに出入りするようになったこと。
見知らぬ中年の男とホテルでセックスして、お金をもらったこと。
どうしようもなく汚れてしまったと感じたこと。
自分が生ゴミのように思えてならなかったこと。
何の価値もない、生きている意味のない人間としか思えなかったこと。
援助交際を繰り返したこと。
傷がどんどん広がっていくのがわかるのに、やめることができなかったこと。
生理がこなくなったこと。
怖くて怖くてたまらなかったこと。
絶望に苛まれても、自殺する勇気はとうとう出せなかったこと。
精神科の治療を受けるようになったこと。
犯人の少年たちが無免許運転で事故を起こしたこと。
犯人のうち三人が死んで、四人が半身不随になったこと。
それを知って、文字どおり小躍りして喜んだこと。
うれしくてうれしくてたまらなかったこと。
新しい人生に踏み出せると、初めて思えたこと。
高校に進学するために、懸命に勉強したこと。
希望があるのだと信じられたこと。
そして……。
「高校生になれたけど、ひとりぼっちだったわたしに、留美ちゃんが声をかけてくれた。友だちになってくれた。正直言うとね、最初は留美ちゃんのことが怖かった。またいじめられるんじゃないかって」
[夏をわたる風]
Copyright © 2010 Nanamiyuu