[Next]
待ち合わせの喫茶店に着くと、小春ちゃんはもう来ていて、ひとりでホットケーキを食べていた。
「ごめんねー、待ったぁ?」
「ううん、いま来たとこ」
表情をかえずにボソリと言うと、小春ちゃんはコーヒーを一口すすった。
向かいの席に座りながらわたしもコーヒーを注文した。
小春ちゃんは一枚目のホットケーキの最後のひとかけらを、フォークで刺して口に運んだ。黙ったままこちらが話し始めるのを待っている。わたしは両手で頬杖をついて、そんな小春ちゃんが口をもぐもぐさせる様子を笑顔でながめた。
かわいい子だな。ちいさなスノードロップの花のようにうつむいて上目遣いに儚げな視線を向けてくるところは、恋人同士だった頃と変わらない。
ホットケーキは注文してから出てくるまでけっこう時間がかかる。小春ちゃんは三十分前にはお店に来ていたはず。ずいぶん待たせちゃったかな。それとも久しぶりにわたしと会うから早く来すぎちゃったのかな。
不器用な手つきで小春ちゃんが二枚目のホットケーキにナイフを入れた。フォークでひときれ取ると、バターをすくってこすりつけ、たっぷりのシロップをからめていく。そのおぼつかない仕草が生まれたての子猫を思わせた。
「ん」
小春ちゃんがフォークで刺したホットケーキを差し出した。
「話したいこと、あるんでしょ? 相談があるなら聞くよ」
「あはは、小春ちゃんにはわかっちゃうかぁ」
「わかるよ。落ち込んでるときのひなちゃんは作り笑顔がヘタになるから。ちょっとのあいだだったけど、わたしたち、付き合ってたんだし。だから、とりあえずこれ食べて。食欲はある?」
そう言われて笑顔をやめるとホットケーキを口に入れた。メープルとバニラの香りが口の中に広がる。ふわふわ、やわらかい。
小春ちゃんはナイフとフォークを置くと、かすかな笑顔を見せた。わたしよりひとつ年下だけどお姉さんのようなやさしい笑顔だ。
「実はさぁ、結婚がね、ダメになっちゃった」
と、自嘲気味にため息をつくと、
「ああ?」
小春ちゃんは興がそがれた感じで、笑顔のかわりに「なんだそんなことか、心配して損した」とでも言いたげな表情を見せた。
「え、ちょっと、なにそのリアクション。これでもわたしすっごく落ち込んでるんだってば。話聞いてよ」
「あー、うん、そだねー。なにがあったの?」
「わかんないの!」
棒読み口調の小春ちゃんに気持ちをわかってもらいたくて、両手で顔を覆って悲しみを表現してみせた。
「きのう、彼からメッセージが来たんだ。いままでのことはぜんぶなかったことにしたいって……。もう会わないようにしようって。電話しても出てくれないし……。部屋まで行ったら、これ以上つきまとうようなら警察に通報するって言われて……。彼のお母さんには紹介してもらって気に入ってもらえてたのに、息子に近づかないでくれって電話が来るし……。もう何がなんだか……。明日には正式にご両親にあいさつに行く予定だったのに。だからやっぱり彼の実家に行って直接話そうと思っているんだけど」
「やめなよ、前にそれでホントに警察呼ばれてストーカー行為はやめなさいって警官に注意されたことあったじゃん」
「うう……。でも理由くらい教えてくれてもいいのに。どうして急にフラれたのかな。わたしの何が気に入らなかったんだろ……」
「アダルトビデオに出てたことがバレたんじゃないの? ひなちゃんがフラれる理由ってだいたいそれじゃん。男性はそういうの嫌がるのでしょう?」
「わたしより売れてた女優さんでも結婚して幸せになってる人はいっぱいいるもん。わたし、キカタンで二年くらいやってて専用スレッド立てられちゃうくらいには人気あったけど、引退したのもう何年も前だよ」
「でもネットに上げられたら何年たっても消えないでしょ。そんなに後悔するならどうしてAV女優なんかになったのさ」
そう言われてわたしはヘタクソな作り笑いをした。
「あ、ごめん。別にひなちゃんを責めるつもりは……」
「ううん、いいんだ。それにアダルトビデオに出てたことは後悔してないよ。高校生のときの援助交際で、AVに出てみないかって誘ってくる人が何人かいてね。それで卒業したらAV女優もいいかなって、自分で芸名をいくつも考えてたよ。わたし、小中高とレイプビデオ撮られてネットにアップされちゃってるんだよね。だから、アダルトビデオに出たらそーゆーのちょっとは薄まるかなと思ったんだ」
「ちょっと! レイプされたことが何回もあるとは聞いてたけど、小学生や中学生の頃だったなんて話は初めて聞いたよ!」
[Next]
[結婚したい]
Copyright © 2021 Nanamiyuu