失恋パンチ (13)

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「あたしだって武一に好きだって言われた。武一だって、あたしと一緒にいて楽しかったはずだ」

「そりゃあ、天音さんは美人だもの。一緒にいてうれしくない男子なんていないでしょうね。男子っていうのは、好きかどうかってことより、美人かどうかってことのほうが気になる生き物だもの。あなたみたいな美少女にセックスしてもいいよ、なんてささやかれたら突っ走っちゃうでしょ」

奏は自分が由香にダメージを与えているのを悟ったのか、攻勢を強めてきた。これまで知っている奏のイメージとは違う。こんなふうに敵と渡り合える女だとは思っていなかった。由香は怒りでぷるぷる震えながらも、言い返せなかった。

奏は見下すような口調で、

「だけどさ、そういうのって恋人とは言わないんじゃない? なんていうんだっけ、そういうの。ああ、セフレ、ってやつ?」

由香はこぶしをふりあげた。しかし、おじけづいてそのまま動きが止まってしまった。「殴れば?」

女同士なのだから、グーで殴っても構わないと思う。ただ、怒りに我を忘れて奏を殴ることが、どうしようもなく情けないことのように思えて、できなかった。

奏が顔をのけぞらせて由香をさげすんだ目で見た。

「わたしさ、天音さんってもっといいひとだと思ってた。だから、すごくがっかりしてるのよ。あなたの卑怯なやり方にね」

そう言うと奏は由香の手を払いのけて、制服に着替えようともせずに、更衣室の出口に向かおうとした。

「ちょっと、あんた、どこにいくつもりよ!」

由香が奏の腕をつかむと、奏はふたたび憎悪に満ちた目でにらんだ。

そのとき、だしぬけにわかった。どうして奏が着替えようとしないのか。由香のことを卑怯者と罵ったわけが。

由香は奏を突き飛ばしてロッカーに駆け寄ると、扉を開けた。奏のスイミングバッグが入っていた。となりのロッカーを開けると、中身は空っぽだった。まわりのロッカーを片っ端から開けてみた。すべて空だった。

振り返えると奏が不思議そうに由香を見ていた。

由香はケータイを取り出すと、倫子に電話をかけた。倫子はすぐに出た。

「あのさ、倫子。プールの更衣室にいるんだけどさ。三木本の制服がなくなってるんだけど、あんた、何か心当たりない?」

由香が尋ねると、電話の向こうで倫子が大笑いした。

『なに、あんた、更衣室にいるの? じゃあ、三木本もそこにいるの? あいつ、どんな顔してる? 泣いてる?』

由香は怒りでケータイを握りしめた。

そういうことか。

「三木本の制服をどこに隠したんだよ?」

『隠したわけじゃないさ。教室にあるよ。親切な誰かが持ってきてくれたんじゃね?』

呼吸が苦しくなるのを感じた。

こんなことは許せない。

親友がこんなことに加担していることが情けない。

「倫子……」

由香がクラスメートを裏で操って自分の制服を隠させたのだと、奏は思っているのだ。着替えることができずにいる自分をあざわらうためにひとり残ったのだと、奏は思っているのだ。

そんな卑劣な人間だと思われていることが悔しかった。

「倫子、殴りに行くから待ってろ」

一方的に電話を切ると、由香は乱暴に制服を脱ぎ始めた。奏に裸を見られるのは嫌だったが、下着も脱いで全裸になった。それから濡れた水着を身につけた。ねっとりと重くて気持ち悪い。

奏は何も言わずにじっと見ていた。

由香は湿ったバスタオルを羽織ると、奏と目を合わそうとせずに、

「制服はあたしが取ってくる。あんたは、ここにいろ」

「どういうつもり?」

由香は恋人を失った。これから親友も失うことになる。たぶん、人気者という地位も失うだろう。

それでも、自分らしい生き方まで失いたくない。

自分が自分であることを失くしたくない。

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