拓ちゃんの部屋のドアをノックすると、拓ちゃんが笑顔で迎えてくれた。いつものようにベッドに腰を下ろす。拓ちゃんが隣に並んで座った。あたしは拓ちゃんの部屋に来てることを叔母さんたちに気づかれないよう、小声で話しかけた。
「きょうはうちのクラスの喫茶店に来てくれてありがとね」
「ああ。最初、テーブルに案内されたのに誰も注文を聞きに来てくれなかったから焦った。沙希の姿は見えないし、ウエイトレスの子たちも遠巻きにこっちを見ているだけだったしな。あれって、俺たちの対応は沙希がすることに前もって決まってたってことか?」
「まあ、そーゆーことになるんだけど。クラスの子たちが拓ちゃんたちの相手をあたしにさせようとしたんだ。ほら、例のランキングの件であたしたち噂になっちゃったから。いとこだよって言っても、みんな面白がっちゃって」
拓ちゃんは低く笑った。
「俺の方も似たようなもんだ。もっとも、いとこだって説明したら、じゃあ代わりに自分が彼氏に立候補する、とか言い出す奴らばかりだったけどな。なんといっても校内ランキング四位の美少女だし」
「からかわないでよ」
「いや、マジで沙希のアリス姿は可愛かった。ドレスだけならきのうも見たけど、本番は気合が違うからかな。二年生の男子の間でもかなりの人気だったぞ。そのうち言い寄ってくるヤツもいるだろうけど、チャラい男に引っかかったりするなよ」
「心配性のお兄ちゃんだね。拓ちゃんこそ、積極的にならないと彼女できないよ。気づいてないのかもしれないけど、待ってる子はたくさんいるんだからね」
拓ちゃんは両手をうしろについて体を支えると、天井を見上げてしばらく黙った。一度目を閉じて、また開けると、上ずった声で、
「そういえば岡野もきょう似たようなことを言っていたな」
と、つぶやいた。
些細なことをふと思い出したというふうを装ってるけど、そうじゃないことはすぐわかった。あたしは不穏な空気を感じてうつむいた。
不意にパジャマ越しの肩に拓ちゃんの手が触れた。大きな地震が起きるときに最初にやってくるかすかな、けれど止めようのない揺れのように、体が震えた。
「沙希……」
そう言った拓ちゃんの手も小刻みに震えている。そのまま拓ちゃんは間をおいた。
あたしは動けなかった。拒絶しなくちゃいけないという確信があった。
『鳴海はきみのことが好きなんだと思う』
恵梨香先輩の言葉が浮かんだ。あたしには拓ちゃんに愛される資格はない。拓ちゃんが決定的なことを口走ってしまう前に、ダメだと言わなくちゃいけない。
だけど……、声が出ないよ。
「沙希……」
顔をあげようとしないあたしを、拓ちゃんはゆっくりとうしろへ押した。抵抗できなかった。ベッドに横たえられても、あたしは拓ちゃんの顔を見れなかった。
これから起きようとしてることを、あたしはおおぜいの男性から何度もされてきた。だから、拓ちゃんが次に何をしようとしてるのかぜんぶわかっちゃう。本当なら初体験の不安におののいている場面なのに。
「好きだ、沙希」
目をぎゅっとつむった。
言ってはいけない言葉を拓ちゃんがとうとう口にしてしまった。
パジャマを着た拓ちゃんの体が覆いかぶさってきた。顔を近づけられる気配がする。夕日が沈むのを押しとどめることができないように、あたしにはどうすることもできない。
「ずっと前から沙希のことが好きだった。ほかの奴に取られたくない」
力強い両手で二の腕をつかまれ、強引にキスされた。唇を割られて舌を入れられた。ぶっきらぼうなその動きから、拓ちゃんにとってはファーストキスなんだと悟った。そんなことがわかってしまう自分が悲しくてたまらなかった。
拓ちゃんのアレがふくらんで、あたしの太ももに当たった。
このまま最後まで行ってしまいたい。
好きだよ、拓ちゃん。
初恋の人だけど、それは子供の頃に終わってる。高校に入学して。拓ちゃんと再会して。もう一度好きになった。この気持ちは認めちゃいけないと思ってた。気づかないフリをしてた。気づいてしまったいま、あたしは新しい呪いを引き受けなきゃならない。
あたしも拓ちゃんが好き。
だけど言えない。
だって――『ほかの奴に取られたくない』――もう手遅れなんだもん。
だったらせめて、犯されたい。
むりやりレイプされるのなら、あたしが拓ちゃんの気持ちに応えたことにはならない。
拓ちゃんの息遣いが荒くなってる。あたしを押し倒したことに興奮してるんだ。こうなると男の子はブレーキの壊れた自転車だ。きっと避妊のことなんて頭にない。きょうはまだ危ないかもしれないけど、別に構わない。
[援交ダイアリー]
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