ピンクローターの思い出(15)

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 転校先の小学校でまどかは新しいスタートを切った。以前より明るくなったまどかはすぐに友だちもでき、成績も回復した。中学に上がると新しい恋もした。幼く見えるのに年齢に見合わない色気のあるまどかは男子にモテた。高校はそれほど偏差値が高い学校ではなかったが、自由な校風で、先生たちもまともな人間だった。この頃には処女でないことを隠す必要もなくなった。禁断の恋も経験し、つらい思いをすることもあった。それでも、まどかは女子高生として楽しい日々を過ごした。

 小学生のときのことを思い出すことはなくなり、何人かを除いてクラスメートや教師の名前も忘れてしまった。しかし、すっかりなかったことにできるわけもない。まどかは自分のココロが歪んでいることを自覚していたし、カラダに染み付いて永遠に消えない汚れのことも意識していた。楽しいことを考えているときに、強姦されたときの記憶が突然フラッシュバックすることもあった。誰かに犯されたくてたまらなくなり危険な行動に身を晒すこともあった。人生には希望があると感じられるようになった一方で、世界の残酷さもわかっていたのだった。

 高校を卒業したまどかは、一人暮らしを始めた。そして――。

 その夜、指定されたビジネスホテルの部屋を訪れたまどかは、スーツを着た若い男と対面することになった。

 男はベッドに腰掛けて、険しい顔でまどかをにらんでいた。その表情には見覚えがあった。キャンプファイヤーのフォークダンスでまどかの手をつかんできた男の子と同じ目をしていた。

「新田……、なんだな?」

「もしかして……、中川くん……?」

 雄太だった。すぐにはわからなかった。大人になった雄太は男っぽい顔つきになっていて肩幅も広かった。まどかはどんな顔をしたらいいかわからず、ぎこちないごまかし笑いをした。

「ぐ、偶然だね、こんなところで再会するなんて。久しぶり。十年ぶりくらいかな。中川くん、スーツ似合ってる。もしかして就活?」

「偶然じゃない。新田を探していた」

 雄太が重々しい口調で言った。

「お前が何も言わずに転校してしまった日から、ずっと探していたんだ。連絡先はわからないし、転校先の学校も住んでいる場所もわからない。もう会えないのかと諦めていた。でも、成人式で新田の噂を聞いたんだ。お前が東京でデリヘル嬢やってるって」

 まどかは部屋から逃げ出したい気分だった。

 まどかはお嬢様っぽい上品なワンピースを着ていた。ミニ丈で、体のラインを見せるデザインだ。下にはセクシーな黒の下着とガーターベルト。清楚系の女子がデートのために勝負下着をがんばった、という雰囲気にしてある。デリヘル嬢としての仕事着だ。

「あのさ、中川くん。いろいろ積もる話もあるとは思うんだけど、あたし、お仕事で来てるんだよね。長くなりそうなら、まずはコースを選んでくれないかな。それと、料金は前払いだから」

 雄太は黙ってお金を払った。まどかは店に電話すると、雄太の隣に腰を下ろした。

「じゃあ、いまからスタートね。雄太って呼んでもいい? あたしのことも本名のまどかって呼んでよ。源氏名じゃなくて。いまだけ恋人」

 明るく笑いかけるまどかに雄太は憂鬱な視線を向けた。

「新田は転校してからいままでどうしてたんだ?」

「フツーだよ。中学行って高校行って社会人になった。雄太はいま大学生? そういえば宇田川さんはどうしてるかな。付き合ってたじゃん」

「お前がいなくなってから、なんとなく疎遠になって……。中学も別々だったし。それが大学で再会してさ。また付き合い出した」

 ということは将来はこのまま結婚することになるのだろうな、とまどかは思った。

「雄太って、昔から浮気者だよね。優子ちゃんみたいなカワイイ彼女がいるのに、フーゾク遊びなんかして。小学生のときだって、別の部屋に優子ちゃんがいたのにあたしを襲ってくるし。しょうがない人ね、フフフ」

「そんなんじゃない。オレはあの頃から本当は新田のことが――」

「そうだ! あの時の続きをしてみない? 小学生のときは雄太が挿入できなくて外に出しちゃったじゃん。ソープじゃないからホントは本番禁止なんだけど、雄太は古い友だちだし、特別に中出しさせてあげる。追加料金とかいらないよ。そういえば、あの頃、あたし、ソープってあだ名で呼ばれてたね。アハハハ」

「どうしてデリヘル嬢なんかしてるんだよ。オレのせいなのか? オレがあの日、新田にキスして、いやらしいことをしたからなのか? 援交してるってイジメられてたヤツがなんで風俗なんだよッ」

 まどかは呆れたというようにため息をついてみせた。

「そんな昔のことをまだ気にしてるなら言うけどさ、あのときのキスはあたしのファーストキスじゃなかったよ。もっと言うと、セックスだってもうとっくに経験済みだった。あたし、本当に援助交際してたもん。優子ちゃんが見たっていう話はぜんぶ本当のこと。服だってぜんぶ援交のお金で買ってた」

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