ちんちん生えてきた(03)
■品川 日本 7月29日
半裸で寝そべるミフユのかたわらで、ベッドの端に腰掛けたアキトがため息をついた。ミフユの彼氏は肩を落としてつらそうに両手で顔をぬぐった。
「ごめんね、アキト。疲れてたんだよね」
デートでホテルに入るのは一ヶ月ぶりのことだった。デートすること自体も三週間ぶりだ。それでミフユの方からなかば強引に誘ったのだった。しかし、アキトのキスも愛撫もどこか義務的で気持ちが入っていなかった。とうとう、ミフユの下着を脱がす前にアキトは離れてしまった。
「ミフユが謝ることはない。最近、なんだか気が乗らないことが多くてさ」
アキトと付き合いだしてまだ一年ほどだ。アキト以外の男性は知らない。アキトは経験があるらしく性欲が強かった。つい最近までは一晩に何度もミフユを抱いたものだ。アキトに開発されて、ミフユもセックスが好きになっていた。
そのアキトが勃たないだなんて!
自分に飽きてしまったのだろうか、とミフユは思った。でも、不思議なことにミフユは悲しい気持ちにはならなかった。
(もしかしたら、飽きてしまったのはあたしの方なんだろうか)
そう考えてしまうことの方がショックだった。
アキトの背中が急にみすぼらしいものに見えてきた。ミフユは冷静に自分の気持ちを観察した。嫌いになったわけではない。アキトのことはまだ好きだ。ただし、それは友情に近い気持ちのように思われた。抱かれたいという気持ちが湧いてこない。
(いつからだろう……?)
先週の時点で、ミフユはアキトに会いたいと願っていたし、アキトとのセックスを思い出しながらオナニーもした。今夜だってホテルに入った時点では久しぶりのセックスに心を踊らせていた。
そのはずなのに、キスをされてもトキメキを感じなかった。
(だからアキトも勃たなかったのかもしれない)
この気持ちの変化をもたらしたものは何だったのか。何かきっかけになるようなことがあっただろうか。思い当たることがないわけではない。自分の股間に起きた変化と、ハルカにときめいてしまった心の変化だ。
アキトは不意に立ち上がると、
「冷たいシャワーを浴びてくる」
と言って、ミフユの方を振り返ることもなくバスルームに消えた。
ひとり残されたミフユはベッドの上でパンツをずりさげた。
ブラの下に手を入れ、乳首を指でいじる。すると、股間からムクムクとおちんちんが生えてきた。硬く勃起して張り裂けそうなソレを右手でそっと握る。そのままフェザータッチでこすると、体の奥に熱がうまれた。
数日前にはじめてコレを目にしたときには焦ってパニックになりかけたのだけれど、いまでは自由に出し入れできるようになっていた。どうやらコレは肥大化したクリトリスらしい。誰にも相談できず、医者に行くべきかどうか迷っているうちに、コレがもたらす激しい快感に溺れてしまい、オナニーにふけるようになっていたのだった。普段は通常のクリトリスとして体の中に隠れているのだが、エッチな気分が高まると勃起してくる。コツがわかると、自分の意思で勃たせることができるようになった。しかも、男性のアレと違ってオーガスムに達しても萎えることはなかった。疲れてヘトヘトになるまで、何時間でもオナニーを続けることができた。クリイキとも中イキとも違う感覚だった。キューン、という強い快感が押し寄せるのと同時に腰がガクガクと震え、頭の中が真っ白になって全身が甘くとろけていくのだ。
そんなわけで、ミフユはしばらくは病院で診てもらうなどしなくてもよいのではないかと思っていたのだった。
しばらくするとアキトが戻ってきた。
ミフユはおちんちんを体の中に戻した。体の奥に灯ったちいさな火は消えていない。炎となって燃え上がりたいという気持ちはあったけれど、その相手はアキトではないように思えた。どうしたことか、アキトに対して性的なものを感じなくなっていた。恋が終わるときというのはこんなふうに急に気持ちが変化してしまうものなのだろうか。もう元には戻らないのだという確信めいたものがあった。
「なあ、ミフユ。俺たち、すこし距離を置いた方がいいのかもしれない」
と、アキトが青い顔をして言った。
「あたしがいけなかったのかな……?」
「そうじゃない。お前のことは好きだ。ただ、女として見れなくなったというか……。いや、お前に魅力を感じないという意味じゃない。どうやっても勃たないんだ。お前に対してだけじゃない。AVを観ても、手で刺激しても。俺は病気なのかもしれない。たぶん、精神的なものだろうが……」
アキトは苦しそうに打ち明けた。アキトのような男性が弱みを見せるのは珍しい。それもEDについてのこととなればなおさらだ。自分はまだ信頼されているのだとミフユは自分に言い聞かせた。
何か力になってあげたいとミフユは心から思った。その気持ちは弟の悩みを聞いてあげる姉のようなものだろう。ミフユに兄弟はいないが、そう考えると妙に納得できた。おそらくアキトの方も似たような気持ちなのに違いない。
「そうだね。アキトのことはあたしも好きだけど、すこし距離を置いた方がいいのかもしれないね」
こうして二人はホテルを出て、最寄り駅で別れた。
口には出さなかったが、これが恋愛関係の終焉なのだと二人ともわかっていた。どちらかが泣きわめいて修羅場になるような破局にならなくてよかった、とミフユは思った。さびしくはあるけれど。
家に帰るとリビングで本を読んでいたハルカが迎えた。早かったね、と声をかけたハルカにミフユはかすかに微笑んだ。アキトと過ごした日々のあれこれが脳裏をよぎった。
「アキトと別れたんだ。まあ、そういうこともあるさね。マナツはまだ帰ってないのか。あの子、今夜は泊まりかもね」
ミフユは別に落ち込んではいないことを見せるために軽い調子で言った。それを強がりだと思ったハルカがミフユをなぐさめようとして抱きしめた。
「ハ、ハルカ? ふぇ……?」
風呂上がりのハルカからただようシャンプーの香り。ミフユは頭を殴られたような衝撃を感じた。ドギマギして言葉がうまく出せない。胸が苦しい。
そのときだ。スカートの中に硬いものが現れてハルカの股間に当たった。意思に反してアレが出てきてしまったのだ。
「ほぅぁッ!」
ミフユは声にならない声を発してハルカを引き離した。スカートの前がテントを張っているのに気づいて慌てて前かがみになった。
「あ、あたし、お風呂入ってくる」
それだけ言って逃げるようにバスルームに駆け込んだ。スカートをめくると、おちんちんがパンツからはみ出してゴムに挟まっていた。
ミフユはうなだれてため息をついた。
恋人と別れた直後だというのに親友にドキドキするなんて、まったくどうかしている。
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