第6話 雪降る街のキス (05)

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失神してたのは数分くらいだったと思う。意識を取り戻したとき何か派手なメロディが鳴っていて、ぼんやりとした頭でそれが田辺さんのケータイの着信音だと気づいた。田辺さんはケータイを手に取って画面を一瞥すると、サイドテーブルの上に放り出した。着信メロディはしばらくして止んだ。

たぶん彼女だろう。田辺さんには付き合っている女性がいる。二ヶ月ほど前、あたしとの援助交際が原因で破局しそうになったんだ。謝って仲直りするよう勧めたのだけど、どうゆう結果になったのかは知らない。

その後は特に援交のリピートもなかった。あたしがふたたび田辺さんに連絡を取ったのは、援交用のケータイが壊れてしまい、スマホに変えたことがきっかけだった。機種変を機に電話番号とメアドも変えたので、新しい連絡先を教えたんだ。田辺さんはあたしが監禁レイプされそうになっていたところを助けてくれた恩人だ。田辺さんが望むならいつでも最低料金でヤラせてあげると決めていた。そしたら田辺さんがすぐに電話してきたので、こうしていま会っているのだ。

「仲直りしてないの?」

あたしが気だるい声で訊くと、田辺さんは振り向いて眉を上げてみせた。

「沙希には関係のないことさ」

「恋人は大切にしてあげなよ」

「いまは沙希が俺の恋人だ」

「ふりだけどね」

あたしはそう言って田辺さんに抱きついた。肌と肌を触れ合わせるとなんだかせつない。甘えた態度で田辺さんの胸板にほっぺたをこすりつけた。

「先生から見れば、あたしは娼婦だもの。お金をもらって、すこしのあいだ恋人になってあげるだけ。男の人が恋人や奥さん以外の女の子とセックスしたくなるのは仕方ないことだけど、本当に好きな人のことは大事にした方がいいと思う」

「それほど真剣な恋愛だったわけじゃない。あれ以来、ろくに会ってないしな」

「お互い割り切ってた、てこと? まあ、そーゆー関係もありだけど」

「理系の研究者なんて異性と出会う機会はあまりない。仕事も忙しくて時間も取れない。それでも性欲はあるからな。一度親しくなるとほかの女と比べるのも面倒だ。あとはなんとなくズルズルと関係をつづけちまった。だが――」

田辺さんはあたしの顔をあげさせてキスをした。

「俺は沙希と出会って変わった。忘れていたものを思い出したと言った方がいいかな。精神が十年ほど若返ったように思える。気力が充実して、学生の頃のような活力を感じる。無意味な恋愛を惰性でつづけている暇はないと気づいた。お前のおかげだ。とはいえ、沙希の体は劇薬だな。お前のせいで俺はロリコンになったのかもしれんぞ」

「やだぁ、あっぶなーい」

おどけて言いながら、あたしからもキスしてあげた。田辺さんがどう変わったのかはあたしにはわからない。でも、役に立てたのならうれしい。

田辺さんのアレがまた元気になってきた。

「もう一回する?」

「いや。きょうはもうカネがない。沙希と恋人になるのはカネがかかる」

「じゃあ、お給料入ったらいつでも連絡してね」

「沙希は好きな男の子とかいないのか? 来週はクリスマスだ。普通に恋愛したり、デートしたりはしないのか? 本物の恋人は欲しいんだろ?」

あたしはしばらく躊躇してから言った。

「好きな子、いるよ。同じ学校の二年生。優しくてカッコよくて。女子にもすごくモテる人なんだ。けどさ、援交してるヤリマンなんて相手にしてもらえるわけないじゃん」

「黙ってりゃいいんじゃないか? 正直に話す必要もないだろ」

「本当に好きな人にはウソをつきたくない」

「男の立場からすると、そういう話はできれば黙っていてほしいと思うだろうな。打ち明けられて平静でいられるヤツなんてそうはいないだろう。黙っている方が相手のためだと思うがな」

「恋人になるならちゃんと打ち明ける。相手の人のためにもだますのは嫌だもん」

「まあ、お前を買っている俺があれこれ言うのもおこがましい話だ。だが、打ち明けるなら、言い方とタイミングを考えた方がいいぞ。男は弱い生き物だからな」

そう言った田辺さんは、妹思いの優しい兄のように感じられた。

田辺さんの部屋を出たのは、それから一時間ほどしてからだ。田辺さんはクリスマスイブから年明けまで大学に泊まりこみで仕事だという。だからその前にもう一度会いたいと言ってくれた。

部屋を出てすぐ、ひとりの女性とすれ違った。グレーのパンツとジャケット、黒のハイネックセーターを着ていた。髪は黒髪ショート。二十代後半と思われ、地味で厚化粧だけどなかなかの美人だった。

その人は田辺さんの部屋の前で立ち止まり、ドアチャイムを鳴らした。その様子を見ていると、こちらを振り向いたので目が合ってしまった。不審そうににらまれた。

あれが野上惠子だな、と直感した。

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