「仕事をなくして自暴自棄になった先生は、こうなったらもう本格的に犯罪者になってやれとでも思った? 未成年の少女を買って、無理矢理でもいいから自分のセックスファンタジーを満足させてやろうと?」
「それでもうまくいかなかったのは美星も知っているとおりだ」
先生は疲れた様子で肩を落とした。あたしはこの人が不憫に思えた。
「いまの話を聞いても、藤堂先生のことを軽蔑したりしません。もちろん誰にも言いません。きょう先生は、あたしと仲直りするために勇気をだして行動したのだし、それ自体は称賛に値することです」
「だが、教師としては適切とは言えないな。教え子とラブホテルで援交するなんて」
「あたしは先生のことを担任教師としてよろこんで受け入れますよ。あたしは先生のしたことを黙っているし、先生はあたしが援助交際をしていることを黙っている。それであたしたちは、どこにでもいる生徒と先生の関係です」
あたしは先生から受け取った封筒から一万円札を三枚だけ取り出すと、残りを先生に差し出した。
「先生がしたのはキスとペッティングだけだから、その分を引いて返金します。それと、先生のキスはとても素敵だった」
あたしたちは地下鉄の駅で別れた。藤堂先生は落ち込んでいたけれど、とにもかくにも、先生との問題は一応片付いた。
ただ、ちょっとばかりモヤモヤする。どうしてそんな気分になるのかわからなかった。さんざん気持ちを高められたのに抱いてもらえなかったから、ってだけじゃない気がする。その夜、あたしは久しぶりにバイブレーターを使って自分を慰めた。
翌朝のホームルームでも藤堂先生は元気がないように見えた。まるで自分は末期ガンじゃないかと疑っているような顔だ。女であるあたしには早漏の男性の気持ちはわからないし、あたしを買う人は絶倫の人が多いから、これまで出会ったこともない。そのうち元気を取り戻すだろうと思っていたけど、次の日も藤堂先生は落ち込んだままだった。
金曜日の朝になっても先生は暗い顔をしていて、さすがにうつ病になるんじゃないかと心配になった。それで思い切って「大丈夫ですか」と尋ねると、「美星が心配することじゃない」って。あたし以外の誰が心配するってんだ。
おまけに三ツ沢さんがあたしのところへやってきて、「藤堂先生って前の学校で女生徒にセクハラして懲戒免職になったらしいじゃん。美星も狙われてるみたいだけど大丈夫なの?」などと聞いてきた。始業式から一週間で尾ひれがついてる。そんな噂が広まっているとなると、いよいよ放ってはおけない。
昼休み、購買でパンを買って、いつものように屋上でひとりになった。
藤堂先生が前の学校を解雇された経緯は先生が話してくれたとおりだ。これは久美子先生にも確認した。いつもムスッとしてるから、あんな噂を立てられるんだ。
ここ数日、夜にネットで着衣緊縛の動画を探して見てみた。縛られた子がもがいているだけのアダルトビデオが何本も作られてるなんて知らなかった。子供の頃からのフェチって、いったいどういう子供だったんだろう。
「はぁああぁぁ~。藤堂先生のために何かしてあげたい。あたしにも何かできることがないかなぁ」
あたしにできることなんてセックスだけだけど、先生はそれがうまくいかないんだ。また傷つけてしまうだけだろう。
そう考えると、もどかしかさから藤堂先生への想いがどんどん募っていく。あの人を助けてあげたい。最近よく思う。あたしは傷ついてあがいている男の人を放っておけないんだ。もちろんそれはお父さんに許してほしいという贖罪の気持ちから生まれているんだろうけど。でも、あたしはあんなふうに苦しんでいる人の役に立ちたい。藤堂先生の役に立ちたい。何ができるか分からないけど、まずはちゃんと話をしよう。
あたしは藤堂先生にメールを書いた。
『ふたりだけで話したいことがあります。屋上で待ってます』
メールを送信して顔を上げたあたしは思わずスマホを落としそうになった。
目の前に下田先生が立っていたんだ。
「美星はいつも屋上でひとりなんだな」
全身が緊張で固くなった。なんで……、いつからそこにいた? 屋上に出る扉に視線を走らせた。扉は閉まっている。下田先生が開けたのなら気づいたはずだ。ということは最初から屋上にいたことになるけど――。
屋上には階段のある塔屋とは別に小さな倉庫がある。二帖ほどの広さの物置で、いまは使われていない。いつもならその鉄製の引き戸は閉められている。それがきょうは開いていた。体温が下がっていくような気がした。下田先生はあそこに身を潜めていたのだ。つまり、この男は本気だ。
「もう教室に戻ります。失礼します」
立ち上がって校舎内への出入り口に向かおうとしたあたしの腕を下田先生がつかんだ。
「まだ午後の授業まで時間があるぞ。美星、先生がお前の相談に乗ってやろう。お前は中学のときレイプされているよな? そのことを友達に知られたくはないだろう」
「なんのことだかわかりません。手を離してください」
[援交ダイアリー]
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